「アナ・ログ」
アナウンサーリレーエッセイ

こっそり教えます
寺田 早輪子
(2022/11/11)


ここだけの話…。
小学生の時、夏休みの宿題で提出した「藁葺き屋根の家」をモチーフにした絵。
これが確か、何かの大きなコンクールで、かなり上位の賞を頂いたのですが、
その絵…、実はほとんど父に手伝ってもらった作品でした!
申し訳ございません!!
「明日の始業式に提出しなければならない!」というのに、絵の宿題を忘れていた私。
夜。眠くなり、半分も仕上がっていないのに寝てしまったのですが、
父が徹夜で絵を仕上げていたのです!
あまりの本格的な出来に「さすがに先生にバレる!」と思ったのですが、とんとん拍子に校内、地区、市部の選考を勝ち抜き、さらに上のコンクールに出品された…と記憶しています。

20年以上前に亡くなった父は画家になることを夢見ていました。
町のクリニックの職員として働いていた父ですが、休みの日に絵筆を握り、風景画を描いていました。家には油絵具などの画材がたくさんあり、私もそれらを使って、父の傍らで絵を描く時間が大好きでした。
父が描いていたのは、いわき市でも山間の地区にある夏井川渓谷。
荒々しい岩や断崖、清流、生い茂る夏の緑を、鉱物を使って表現するのです。
キャンバスに鉱物を直接、貼り付けて、その上から油絵具を塗り、自然を立体的に表現。
一風変わった父の鉱物画は、娘の私にとっては、特別で、自慢の作品ばかりでした。
しかし、控えめな父はコンクールなどに出品することはなかったのか、描いた絵のほとんどは自宅の部屋の中に。玄関に一枚、額に入れた作品を飾っていましたが、たくさんの人の目に触れることはありませんでした。

そんな父。実はこっそり、画家としての「名刺」を一枚だけ作っていたことを、亡くなった後に知りました。
私も大人になった今、「父はいつ夢を諦めたのか…、それとも、諦めずにずっと夢を抱き続けていたのか…。どんな思いで、毎日、職場に向かっていたのか…。」
そんなことを考えると切なくなります。
それでも、休みの日に夢中になって、絵を描いていた父の楽しそうな顔を私は一生忘れないと思います。

私の絵がコンクールで入選したのを、一番、喜んでいたのは父です…。
夏休みの絵は、父と私の最後の合作?となりました。
当時、拍手をくださった皆様、どうかお許しください!

☆写真は、宮城県美術館で開催の『フェルメールと17世紀オランダ絵画展』(~2022年11月27日)に出かけてきました!父譲りで、絵画鑑賞も大好き!

アナ・ログ、続いては伊藤瞳アナウンサーです。



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