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【経済学で読み解くニュースの核】 第3回 非婚化・晩婚化の経済学

2015/09/09 10:00

どうしておめでたい結婚を先送りにするの?非婚化・晩婚化の経済学


1. また日本人の結婚の年齢が上昇した

先ごろ、厚生労働省から発表された「平成26年人口動態統計」によれば、「平均初婚年齢は夫が31.1歳、妻が29.4歳」と30歳になるまで結婚の年齢が上昇し、このため第1子を出生する時点の母の平均年齢は30.6歳となりました。




単に結婚の時期が先送りされているだけならばまだしも、結婚の件数も2013年の66万613組から2014年は1万6873組も減少し、人口千人あたりの婚姻率は前年の5.3件から5.1に減っています。


すなわち、結婚を先送りする「晩婚化」だけでなく、結婚そのものをしない「非婚化」も進んでいるわけです。さらに晩婚化により、子どもを産む年齢も遅れていくという「晩産化」の傾向も歯止めがかからない状況です。


2.結婚はいやなこと?おめでたいこと?

そこで不思議に思われるのは、誰しも結婚式の式場では「ご結婚おめでとうございます」と祝いの言葉を述べるのに、その結婚が先送りあるいは避けられているということです。もし、結婚が何か個人の人生でマイナス要因になるのであれば、まるで夏休みの宿題のように?先送りにすることも考えられるでしょう。もしそうであれば結婚式の「おめでとうございます」は「君もとうとう結婚したか、ご愁傷様」(「悪魔の辞典)風に言うのであれば、これはある意味で真実であるかもしれませんが…)と改めなければならないことになってしまいます。


そこで今回は、結婚を経済学の立場から考えてみようと思います。経済学は「お金・損得勘定」の学問、これに対して結婚は「無償の変わらぬ愛」とするならば、両者はもっとも遠い関係にあることになります。しかし、もし非婚化・晩婚化が経済的要因の影響を受けていないのであれば、日本人の愛が本質的に冷めたことがその要因となってしまいます。もし本当にそうであるならば、非婚化は愛が醒めたという「個人の内心」の問題であるので、結婚の回復のための対策はほとんど不可能ということになってしまいます。


しかし、経済統計を通じてみると、現在の非婚化・晩婚化をある程度説明できる仮説を示すことができるのです。しかも、もしある現象の原因を「説明」することができるのであれば、「対策」をたてることができることになるわけです。


3.結婚は貧しさへの入り口?

第1に、結婚によって若い世代は経済的に貧しくなってしまうという仮説が考えられます。以下には、厚生労働省の「所得再分配調査」の結果が示されています。表2では、30歳代と60歳代について当初所得として給料等でいくら受取り、そこから税金などを納め、社会保障を受け取った後の再分配所得としていくら使えるかを示したものです。




これによれば、子育て世代の30歳代の所得は、税引き前では465万円ですが、税を払って社会保障を受け取った後の再分配後所得は30万円余り減少した437万円となっています。これに対して、60歳代の税引前所得は475万円であるのに対し、再分配後所得はさらに513万円と40万円近く増加し、30歳代を上回っています。


ですから、30歳代に差し掛かろうとする若い世代は、同じ世代の人と新しい家庭を作るよりも、60歳代の親の世代と同居し続けたほうが、経済的に余裕はあることとなってしまいます。若年世代の女性にとっては、同世代の「彼氏のライバル」は「他のイケメンの男の子」ではなく「年金暮らしのお父さん」ということになってしまうわけです。このように、経済的に余裕のある親世代との生活によって生じる独身暮らしを「パラサイト・シングル」(親に寄生して生きる意味をこめて)と呼ぶ意見もあります。


4.結婚することでしか手に入らないもの

第2に、結婚をする意味は、人生において結婚でしか得られないものを得るということにあるとしてみましょう。このとき、これまで結婚でしか手に入らなかったものが、市場経済で自由に手に入るのであれば、(わざわざ)結婚をする意味が薄れてしまうことになります。たとえば、結婚によって得られた食事、洗濯、清掃などの家事サービスは、現在外食、コンビニお弁当、クリーニングなどほとんどが市場で買うことができます。


また、その昔では女性にとって「永久就職」などといわれた結婚は、自立して働く女性が増え、男女の賃金の差も解消されることで、結婚せずとも経済的な生活の安定は得られることになりました。さらに、老後の生活の不安も公的介護保険と公的年金、民間高齢者福祉サービスにより、独身で子供がいなくとも市場で買えるようになりました。さらにインターネットの普及により、異性の友人とのコンタクトも取りやすくなりました。これらのことにより、極端な言い方をすれば、おさんどんから老後の安心、果ては愛情まで、これまで結婚によって得られていたもののほとんどが自分の力で手に入るようになってしまったともいえます。


しかし、ただ一つ、市場では手に入らず結婚でしか得られないものがあります。それは子供をもうけることです。日本ではまだまだ結婚せずして子供をもうけることは一般的ではありません。もし結婚の最後の砦は子供を産み育てることにあるとすれば、その一点においてまだ結婚をする意義はあるといえます。


5.崩れ去る結婚の砦

ところが、実際に働く女性が結婚し、子供をもうけようとするとたちまち壁に直面します。現在の日本では、子供を育てながら働き続けることは、待機児童の問題に見られる通り、簡単ではありません。まして子供を2人も3人ももうけようとすれば、仕事を諦めざるを得なくなることも生じかねません。逆に、マタニティー・ハラスメントのようなことが起こるならば、仕事を続けようとすれば、今度は子供の方を諦めざるを得なくなることもあるかもしれません。すなわち、現在の日本では就業してキャリアを積もうとする女性にとっては、結婚しても思うとおりに子供の生むことができないことになってしまいます。「子供の生むことの出来ない結婚」では、結婚の最後の砦さえ崩れ去るを得ないことになります。




北欧福祉国家のノルウェーでは、女性は就業時の8割の賃金を支給されて1年間の育児休暇をとることができます。このため、ノルウェーでは学歴の高い女性ほど40歳時点で子供のいる率が高いという日本とはかなり違った統計調査結果が得られています。日本の女性が輝く社会は、単に女性管理職の比率が増えるということではなく、「社会で活躍しながら子育ての出来る女性が増えてはじめて達成された」と言えるのではないでしょうか。


参考URL

※1. 厚生労働省「平成26年人口動態統計」

http://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/jinkou/geppo/nengai14/

※2. 厚生労働省「平成23年 所得再分配調査報告書」

http://www.mhlw.go.jp/stf/houdou/0000024829.html

※3.ノルウェー政府「子供を持つ親の権利」

https://www.regjeringen.no/no/dokumenter/smabarnsforeldres-rettigheter1/id652164/



次回は「第4回 消費税の食料品非課税は本当に生活の負担を軽くするか」です。

配信日程:9月10日(木)午前10時ごろ配信予定



【プロフィール】

吉田 浩

東北大学大学院経済学研究科教授

高齢経済社会研究センター長

少子・高齢化社会の問題を経済学的観点から統計などを用いて解明。世代間不均衡、男女共同参画社会、公共政策の決定過程、玩具福祉学などを研究。

1969年、東京生まれ、1女2男の父。