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【脳はカルシウムがなければ働かない!?】第3回 MRI で脳のカルシウムを測って病気を知る

2015/11/11 10:00

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第2回で紹介したカルシウム (Ca2+) イメージングは、顕微鏡を使って行います。顕微鏡は小さな細胞を大きく見たりするのは得意なのですが、脳全体のような広い領域を見ることは基本的にはできません。


また、深いところも苦手なので、脳の深部を見ることも基本的にはできません。さらには、骨を通して光を測るのは難しいので、ヒトに使うのは難しいです。


この欠点を補うために、光を使ったカルシウムイメージングによる神経活動の計測と同じような原理で、核磁気共鳴イメージング (MRI) により脳全体の神経活動履歴をイメージングする方法が開発されました。この方法を「活動依存性マンガン造影 MRI」といいます。


MRI は最近多くの病院に設置されるようになり、様々な検査に利用されていますので、ご存知の方も多いかと思いますが、その原理から少し説明しましょう。


まず、MRI は何を見ているのかというと、主に体の中の水の分子 (H2O) の水素の原子核 (H+) の状態を見ているのです。この水素原子核はコマのようにくるくる回転しているので、電磁石と同じ原理で磁石になっています。通常はこのコマの向きはバラバラですが、MRI 装置のように強い磁場の中に置かれると、その向きが揃います (図 8)。




その時、ページ TOP の動画のように、コマの向きを倒す方向の (つまり横向きの) 磁場を与えると、コマは倒れて、横向きの磁場を止めると、コマは元の向きに戻ります。このコマが元に戻る時間を縦緩和時間 (T1) といい、これを MRI 装置で測ることができます。この時、水素原子核の周りに小さな磁石のようなもの (常磁性体) があると、コマが元の向きに戻る時間が速くなります。


さて一方、第2回では、カルシウムを測ることで神経活動が分かるというお話をしましたが、これは、電位依存性カルシウムチャネルというところをカルシウムが通って、細胞の中のカルシウム濃度が変化するからでした。カルシウム以外にもこの電位依存性カルシウムチャネルを通ることができるイオンがあります。


その代表例がマンガンです。生体にはマンガンイオン (Mn2+) はほとんど存在しませんが、生体には必要な必須元素の一つです。身近な例では、乾電池などには使われています。このマンガンを微量注射しておくと、カルシウムと同じようにニューロン (神経細胞) が活動した時にマンガンはカルシウムチャネルを通って細胞内に入ります。しかし、カルシウムと違って、マンガンは細胞外にすぐには排出されないので、活動が高くたくさんマンガンが入った細胞にはたくさんマンガンが蓄積します。つまり、細胞の中のマンガンの濃度を測っても、神経活動の履歴を測ることができるのです (図 9)。




ここで「なぜマンガン?」と思われた方も多いかもしれません。先ほど MRI の原理を簡単に説明しましたが、水素原子核の縦緩和時間は小さな磁石のようなものが周りにあると速くなります。マンガンはこの小さな磁石に相当します。つまり、MRI でマンガン濃度を測ることで、カルシウムイメージングと同じような原理で神経活動を測ることができるのです (図 10)。




この原理を使って、MRI で神経活動を測る方法が「活動依存性マンガン造影 MRI」です。

私たちは、この「活動依存性マンガン造影 MRI」を、世界で2番目に患者数が多い、難治性の神経疾患である、パーキンソン病に適用しました。その結果、パーキンソン病で神経活動が高くなった脳の場所を可視化することに成功しました (図 11)。




パーキンソン病は似たような症状の病気が多く、現在有効な確定診断法はありません。現時点では、様々な問題で動物実験にしか適用できませんが、問題が解決して、人にも適用できるようになれば、パーキンソン病の早期診断につながる画期的な方法になります。


また「活動依存性マンガン造影 MRI」は、脳全体の神経活動を大まかに計測できる方法なので、他の脳・神経の病気や、脳の仕組みの解明のために使える有効な方法だと思います。


次回は、カルシウムが脳で何をしているのか?のヒントになるようなお話をしたいと思います。


【参考】

定量的活動依存性マンガン造影MRIで判定されるマウスのパーキンソン病重篤度

http://www.natureasia.com/ja-jp/srep/abstracts/69002



次回は「第4回 謎の遅いカルシウム振動」です。

配信日程:11月12日(木)午前10時ごろ配信予定



【プロフィール】

小山内 実 (おさない まこと)

・東北大学大学院医学系研究科・准教授、同大学院医工学研究科・准教授を兼務

・茨城県水戸市生まれ、水戸一高卒 (小学校1年までの幼少期を仙台市で過ごす)

・脳機能解明に向けて、カルシウムイメージングを主な手法として研究を行っている。

・著書には、認知機能とカルシウム―基礎と臨床― (小川純人 編) 「大脳における細胞内カルシウム振動と神経・認知機能」医薬ジャーナル社、臨床医工学・情報学スキルアップシリーズ 1 臨床医工学スキルアップ講座 (春名 正光ら 編) 「バイオイメージング」大阪大学出版会、がある。

・電気学会 電子・情報・システム部門大会, “企画賞”(2013)、日本生体医工学会“生体医工学シンポジウム2006 ベストリサーチアワード”(2006) などを受賞、日本生理学会評議員。