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【経済学で読み解くニュースの核】 第1回 2,520億円で他に何ができるのか
2015/11/16 10:00
【特別アンコール企画】
今週は9月7日(月)~9月11日(金)のコラムをアンコール配信します。
1. 2,520億円で他に何ができるのか
今話題の2020年東京オリンピックのための新国立競技場。何といっても、その総工費が当初の1,300億円から、一時は3,000億円まで膨らみ、計画の一部見直し後でもまだ2,520億円(7月7日の日本スポーツ振興センター(JSC)見直し案)と、これまでの海外のオリンピックスタジアムの前例(1,000億円未満)から見ても、極めて高額であることが問題視されています。
いくら民族とスポーツの祭典とはいえ、この金額は無駄遣いではないかという例として、某局のニュース番組では、この金額があれば全国の5歳児の幼児教育を無償化することができる旨が紹介されていました。これは、政府の試算※1による資料2,797億円を指しているものと思われます。
さて、これを聞いたたいていの人々は、「なるほどハコモノの新国立競技場を建設するぐらいなら、児童福祉に回した方がよっぽどましだ。」、「いや、少子・高齢化問題が深刻な日本ではむしろ、児童福祉が優先ではないか。」と感じられたことかもしれません。
2. 新国立競技場ではたった1年の5歳児しか救えない
少子・高齢社会の研究を専門としている私も、一般の人にわかりやすいという意味で、良いたとえを出したものだと感心しました。しかし、次の瞬間、「おやっ?ちょっと待てよ」と首をかしげました。あの贅沢な?そして今後30年、50年使えるであろう国立競技場を断念して得られるものは、全国の5歳児だけのしかもたった一年の保育料無償化しかないのかということです。ここからわかることは、日本の福祉には膨大な費用がかかっているということです。
私は、日本の少子化の対策のためにもっと児童福祉に予算を投入することは必要だと思っています。ところで、私は同時に高齢化問題も研究しているので、高齢者福祉の方にはどれほどの予算が使われているかも比較してみたくなりました。そして、いまさらながらビックリした金額があります。
3. 年金給付は国立競技場の200倍!?
それは、1年間の高齢者に対する年金の給付費が平成25年末で52兆8,436億円あるということです。5,284億円ではなくその100倍の52兆円です。ですから、もし、この金額の1%を削減できると、5,284億円ですから、新国立競技場が2つできることになります。
すなわち1年の年金給付費のさらに100分の1を削減するだけで、対応年数50年の国立競技場が2つですから、100年先までの国立競技場ができそうだということです。あるいは、表1を見ると、もし年間で1.5%の公的年金給付費が実現できれば、5歳児だけでなく、3歳~5歳の「全て」の子どもの無償化が「毎年」実現できることになるのです。
逆にいうと、1年間の公的年金の給付費は新国立競技場や5歳児の1年間の保育料無償化の費用の180~210倍前後の費用を使っているということです。
もちろん、年金の給付費の原資はそれを受給する高齢者が現役時代に支払った保険料も含まれていますので、現在の受給者には年金をもらう「権利」があるとも言えます。しかし、基礎年金給付費の1/2は国庫(税金)から填補されています。その金額は平成25年で8兆3,058億円です。せめて年間でこの3%が削減できたら、5歳の全ての子どもの無償化が毎年実現できるわけです。
4. いくら使うかと同時にどこに使うかという議論を
ここでは、「公的年金が無駄遣いである。」とか、「たった2,500億円ぐらい出せないのかね。」といった発言を支持するとか言っているわけではありません。ただ、今回の新国立競技場の問題は、たとえ素晴らしい事業でもいくらでも予算をかけてもいいわけではないというというところが1つの核であると思います。そしてそこから導き出される重要な意味は、国家予算をどれだけ使うかという金額の問題だけでなく、「どこに使うか」という配分も併せて議論していく事が必要であるということです。
※政府は8月28日に総工費に関し、1,550億円を上限とする縮小計画を決定しました。もし、この通りであるならば、年金を1回だけ1%我慢するだけで新国立競技場は3つ以上できることになります。
参考URL
※1.政府の試算
http://www.kantei.go.jp/jp/singi/kyouikusaisei/teigen.html
※2.教育再生実行会議「教育立国実現のための教育投資・教育財源の在り方について(第八次提言)(平成27年7月8日)」参考資料(p.18)
http://www.kantei.go.jp/jp/singi/kyouikusaisei/teigen.html
※3. 年金の給付費
http://www.mhlw.go.jp/topics/bukyoku/nenkin/nenkin/toukei/nenpou/2012/dl/gaiyou_h25.pdf
※4. 年金の給付費の参考
http://www.mhlw.go.jp/topics/bukyoku/nenkin/nenkin/toukei/nenpou/2012/dl/gaiyou_h25.pdf
次回は「第2回 世界一長生きで金持ちな国、日本の幸福度は第46位の不思議」です。
配信日程:11月17日(火)午前10時ごろ配信予定
※本日のコラムは2015年9月7日に配信したものをアンコール企画として再配信しています。
【プロフィール】
吉田 浩
東北大学大学院経済学研究科教授
高齢経済社会研究センター長
少子・高齢化社会の問題を経済学的観点から統計などを用いて解明。世代間不均衡、男女共同参画社会、公共政策の決定過程、玩具福祉学などを研究。
1969年、東京生まれ、1女2男の父。