- 【「航空新世紀」~進化する飛行機の世界~】第1回 MRJ開発に貢献した流れを感じる機能性塗料
- 【「航空新世紀」~進化する飛行機の世界~】第3回 航空機のダイナミック・シミュレーション~より安全な飛行を目指して~
- 【「航空新世紀」~進化する飛行機の世界~】第4回 地球温暖化と航空機~キーワードは「サステナブル」
- 【「航空新世紀」~進化する飛行機の世界~】第5回 火星に飛行機を飛ばす!~宇宙,地球,生命を知るために
【「航空新世紀」~進化する飛行機の世界~】第2回 すべてはライト兄弟から始まった~風洞技術の進化について
2015/12/01 10:00
今日から暦は12月、クリスマスが楽しみの一つですが、私にとって特別な記念日は12月17日です。
今から百十二年前のこの日に米国のライト兄弟が世界で初めて動力付飛行機による有人飛行に成功しました。
図1はその瞬間をとらえた写真です。この写真を撮ったのはライト兄弟を支援していた沿岸警備隊員のJ.T.ダニエルズ氏です。
実は私、ダニエルズ氏の娘さんにお目にかかったことがあります。初飛行の日にお父さんが「彼ら(ライト兄弟)が飛んだぞ!」と叫びながら帰宅したのを覚えていると、仰っておられました。飛行機の進化の歴史がたかだか1世紀のことだと実感します。
ライト兄弟の革新性は小麦粉の箱でつくられた装置から生まれた!
ライト兄弟がさまざまなライバルを押しのけて初飛行の栄冠を勝ち取ったのには理由があります。
グライダーの設計から始めた彼らも最初は失敗続きでした。
状況を大きく変えたのは、小麦粉の箱を使って「風洞」という装置を自作したことです(図2)。
前回お話ししたように、風洞というのは、飛行速度に相当する一様な風を人工的に作り出す装置です。この風の中に飛行機の模型を入れれば、 空気から受ける力を測定することができます。
ライト兄弟は風洞を航空機の設計に使った先駆者であり、この装置を使って二百種類以上の翼の試験を行い、個々の性能を比較しました。これは今日でも通用する科学的なアプローチだと言えます。
風洞は空気力学の研究になくてはならないツール
私たちの研究室は「実験空気力学」を専門とし、新しい風洞技術を開発したり、風洞を使って翼の性能を向上する方法の研究を行っています。
図3は我々が研究に使っている風洞の一例です。いずれも大きな装置ではありませんが、上の風洞は最高で時速200km以上、下の風洞は音速の1.5倍の風速の風をつくることができます。
流体科学研究所にはこれよりも一回り大きな「低乱熱伝達風洞(通称:低乱風洞)」という風洞があります。この風洞は外部の方でも使用できる共用設備として運営されています。
コンピュータによる数値シミュレーションをデジタルシミュレーションと呼ぶなら、風洞は「アナログシミュレーション」が行える計算機です。
条件は限られますが、風洞を使えばどのように複雑な物体周りの流れ場であっても一瞬にして「解く」ことができます。
空気は目に見えないものの代表ですが、前回ご紹介した感圧塗料などのイメージング技術を駆使すれば、見えない流れを画像として「可視化」することができます。
医学の世界では、MRIやPETなどの最新の画像診断技術によって人体の内部が細かく調べられていますが、航空機設計の世界でも、このような診断技術が不可欠のものとなっています。
世界最先端の風洞「European Transonic Windtunnel」
世界に目を向けると、飛行機の進化と同じくらいに風洞技術の進化にも目覚ましいものがあります。恐らく現在世界で最も先端的な風洞はドイツのケルン市にある「欧州遷音速風洞(ETW)」でしょう(図4)。
詳しい原理の説明は省略しますが、この風洞では内部気体として高圧の低温窒素ガスが使われていて、エアバス機などの大型旅客機周りの流れを正確に再現することができます。我が国のMRJも開発段階でこの風洞を使って実験が行われました。
10年以上昔になりますが、私たちもこの風洞を使って実験する機会がありました。
図5はETWの測定部で撮影した記念写真です。旅客機模型の主翼に塗装されているのは、我々が開発した特殊な塗料(感温塗料)です。感圧塗料が圧力を測る塗料だったのに対して、この塗料を用いると物体上で摩擦応力が大きくなる領域と小さくなる領域が見分けられます。
私の研究室で学位を取ってドイツの研究機関に勤める依田大輔博士は現在、ETWで使用できる感圧塗料の開発に取り組んでいます。その成果が大いに期待されるところです。
<リンク>
流体科学研究所 低乱熱伝達風洞設備
http://www.ifs.tohoku.ac.jp/windtunnel/
次回は「第3回 航空機のダイナミック・シミュレーション~より安全な飛行を目指して~」です。
配信日程:12月2日(水)午前10時ごろ配信予定
【プロフィール】
浅井 圭介(あさい・けいすけ)東北大学大学院工学研究科・教授
1956年、大阪府生まれ。京都大学工学部航空工学科卒業。航空宇宙技術研究所(現JAXA)に23年勤務した後、東北大学大学院に転任。1988-89年、客員研究員としてNASAラングレー研究センターに滞在。現在の研究テーマは先進的な風洞実験技術の開発、惑星探査のためのロコモーション技術の研究など。小学生のときからの飛行機マニアで、「世界の航空博物館&航空ショー」(共著)、NEWTON別冊「航空機のテクノロジー」(監修)などの著書がある。
今から百十二年前のこの日に米国のライト兄弟が世界で初めて動力付飛行機による有人飛行に成功しました。
図1はその瞬間をとらえた写真です。この写真を撮ったのはライト兄弟を支援していた沿岸警備隊員のJ.T.ダニエルズ氏です。
実は私、ダニエルズ氏の娘さんにお目にかかったことがあります。初飛行の日にお父さんが「彼ら(ライト兄弟)が飛んだぞ!」と叫びながら帰宅したのを覚えていると、仰っておられました。飛行機の進化の歴史がたかだか1世紀のことだと実感します。
ライト兄弟の革新性は小麦粉の箱でつくられた装置から生まれた!
ライト兄弟がさまざまなライバルを押しのけて初飛行の栄冠を勝ち取ったのには理由があります。
グライダーの設計から始めた彼らも最初は失敗続きでした。
状況を大きく変えたのは、小麦粉の箱を使って「風洞」という装置を自作したことです(図2)。
前回お話ししたように、風洞というのは、飛行速度に相当する一様な風を人工的に作り出す装置です。この風の中に飛行機の模型を入れれば、 空気から受ける力を測定することができます。
ライト兄弟は風洞を航空機の設計に使った先駆者であり、この装置を使って二百種類以上の翼の試験を行い、個々の性能を比較しました。これは今日でも通用する科学的なアプローチだと言えます。
風洞は空気力学の研究になくてはならないツール
私たちの研究室は「実験空気力学」を専門とし、新しい風洞技術を開発したり、風洞を使って翼の性能を向上する方法の研究を行っています。
図3は我々が研究に使っている風洞の一例です。いずれも大きな装置ではありませんが、上の風洞は最高で時速200km以上、下の風洞は音速の1.5倍の風速の風をつくることができます。
流体科学研究所にはこれよりも一回り大きな「低乱熱伝達風洞(通称:低乱風洞)」という風洞があります。この風洞は外部の方でも使用できる共用設備として運営されています。
コンピュータによる数値シミュレーションをデジタルシミュレーションと呼ぶなら、風洞は「アナログシミュレーション」が行える計算機です。
条件は限られますが、風洞を使えばどのように複雑な物体周りの流れ場であっても一瞬にして「解く」ことができます。
空気は目に見えないものの代表ですが、前回ご紹介した感圧塗料などのイメージング技術を駆使すれば、見えない流れを画像として「可視化」することができます。
医学の世界では、MRIやPETなどの最新の画像診断技術によって人体の内部が細かく調べられていますが、航空機設計の世界でも、このような診断技術が不可欠のものとなっています。
世界最先端の風洞「European Transonic Windtunnel」
世界に目を向けると、飛行機の進化と同じくらいに風洞技術の進化にも目覚ましいものがあります。恐らく現在世界で最も先端的な風洞はドイツのケルン市にある「欧州遷音速風洞(ETW)」でしょう(図4)。
詳しい原理の説明は省略しますが、この風洞では内部気体として高圧の低温窒素ガスが使われていて、エアバス機などの大型旅客機周りの流れを正確に再現することができます。我が国のMRJも開発段階でこの風洞を使って実験が行われました。
10年以上昔になりますが、私たちもこの風洞を使って実験する機会がありました。
図5はETWの測定部で撮影した記念写真です。旅客機模型の主翼に塗装されているのは、我々が開発した特殊な塗料(感温塗料)です。感圧塗料が圧力を測る塗料だったのに対して、この塗料を用いると物体上で摩擦応力が大きくなる領域と小さくなる領域が見分けられます。
私の研究室で学位を取ってドイツの研究機関に勤める依田大輔博士は現在、ETWで使用できる感圧塗料の開発に取り組んでいます。その成果が大いに期待されるところです。
<リンク>
流体科学研究所 低乱熱伝達風洞設備
http://www.ifs.tohoku.ac.jp/windtunnel/
次回は「第3回 航空機のダイナミック・シミュレーション~より安全な飛行を目指して~」です。
配信日程:12月2日(水)午前10時ごろ配信予定
【プロフィール】
浅井 圭介(あさい・けいすけ)東北大学大学院工学研究科・教授
1956年、大阪府生まれ。京都大学工学部航空工学科卒業。航空宇宙技術研究所(現JAXA)に23年勤務した後、東北大学大学院に転任。1988-89年、客員研究員としてNASAラングレー研究センターに滞在。現在の研究テーマは先進的な風洞実験技術の開発、惑星探査のためのロコモーション技術の研究など。小学生のときからの飛行機マニアで、「世界の航空博物館&航空ショー」(共著)、NEWTON別冊「航空機のテクノロジー」(監修)などの著書がある。