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【「航空新世紀」~進化する飛行機の世界~】第5回 火星に飛行機を飛ばす!~宇宙,地球,生命を知るために
2015/12/04 10:00
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先日、日本の主力ロケットH2Aがカナダの人工衛星の打ち上げに成功しました。海外から注文を受けて衛星を打ち上げるのはこれが初めてで、我が国もいよいよ国際的な宇宙ビジネスの仲間入りです。
その前日に米国では、Amazon.comの設立者ジェフ・ベゾス氏が設立したベンチャー企業(Blue Origin)が再使用型ロケットの試験飛行に成功しました。ベゾス氏が目指すのは宇宙観光ツアーということですから、皆さんが宇宙飛行を体験するのもそんな遠い日のことではないかもしれません。
「宇宙」の定義とは?
そもそも宇宙と地球の境界はどこにあるのでしょうか?
実はそれは明確に定義されていて、高度100㎞以上の空間を「宇宙」と呼んでいます。
宇宙が東京より近いことに驚かれたかもしれませんが、この高度を越えた人には「宇宙飛行士」の称号が与えられます。
一方、高度100㎞未満の空間は地球に属しています。この領域の最大の特徴は「大気」が存在することです。宇宙空間では秒速7.9㎞というとてつもない速度がなければ地球に落下してしまいますが、大気中なら空気から受ける揚力や浮力を利用して浮かんでいられます。
飛行機が人間の移動手段として進化したのは、地球に大気が存在したからなのです。
火星にも存在する大気
宇宙には地球以外にも大気をもつ天体が沢山あります。金星には二酸化炭素の厚い大気があり、その内部は92気圧、470℃の灼熱の世界です。逆に土星の衛星タイタンには窒素を主成分とする大気があり、マイナス180℃という極寒の世界です。
我々にとってもっとも身近な惑星である「火星」も大気をもつ天体の一つです。
火星は地球の約半分の大きさ、質量が小さいので引力は地球の3分の1しかありません。一年の長さは687日と地球のほぼ倍です。これは火星が地球より太陽から離れた位置にあるためで、火星の平均気温はマイナス70℃です。
大気の主成分は金星と同じ二酸化炭素ですが、金星とは真逆で火星の大気圧は7hPaしかありません。火星大気は地球大気の100分の1にも満たない希薄な大気なのです。
火星の大気を飛ぶ~火星探査飛行機
このように希薄な大気でも火星の重力は小さいので、超軽量で効率の高い飛行機であれば大気中を飛ぶことができます。もしそれが本当なら空中を移動しながら様々な観測が行えそうです。
図2はJAXAが考えた火星飛行機の想像図です。翼の面積は畳一枚くらい、全体の重量が3.5kg以下であれば、希薄な火星大気でも浮揚できる計算です。
バッテリーでプロペラを駆動すれば時速180㎞のスピードがでます。飛行時間は1時間足らずですが、時速30m程度でしか動けないローバ―(地上を走る探査車)より、はるかに広い領域の探査が可能です。
断崖などの地形の観測や残留磁場の測定など、惑星天文学を専門家も火星飛行機の実現に期待を寄せています。
ライト兄弟に学べ~世界で唯一の火星大気風洞
しかし火星の大気環境は地球とは大きく違っているので、地球で性能の良い飛行機が、火星でも良く飛ぶ保証はありません。これまで蓄積してきた知識や経験が火星飛行機の設計にはまったく役に立たないかもしれないのです。
解決のヒントは人類初の初飛行に成功したライト兄弟にありました。彼らに習って開発したのが「火星大気風洞」(Mars Wind Tunnel)とよばれる風洞です。
完成した風洞の写真を図2に示します。この風洞は火星での大気飛行を地上で再現できる世界で唯一の風洞です。内部の圧力を百分の1気圧にまで下げることができ、二酸化炭素を使った実験が行えます。
最大で音速の90%近い速度の風をつくり出せます。この風洞を利用して様々な翼模型の性質が調べられました。そして、火星飛行機の主翼やプロペラの設計に適用されたのです。
エベレストより高く~火星飛行機の飛行実証計画
現在、火星探査飛行機の研究開発はJAXA宇宙科学研究所の大山聖准教授(東北大学出身)と当研究室の永井大樹准教授を中心するワークンググループによって進められています。
当面の目標は、火星飛行機に必要とされる技術や機器の開発、そして火星飛行機のプロトタイプ(試作機)の設計です。図4は JAXAの大型風洞で行われたプロトタイプの風洞試験の様子です。
ワーキンググループでは、このプロトタイプの高々度における飛行実証試験を計画しています。地球最高峰のエベレスト山頂(8848m)では、気圧は314 hPa、気温はマイナス42℃まで下がります。さらに高度をあげて33,500mに達すると、気圧が7hPa、気温がマイナス55℃という火星大気に近い環境が得られるのです。
火星飛行機の高々度飛行プロジェクトは「MABE-1」(Mars Airplane Baloon Experiment One)とよばれています。
図5はこのプロジェクトのパッチです。実験では、JAXAの大型ヘリウム気球を使用して機材を実験高度まで運びます。ゴンドラに積んだ火星飛行機を高度35,000mで切り離し、滑空中の飛行データを収集します。実験が行われるのは来年初夏の予定です。場所は北海道の大樹町です。実験の結果を皆さんも楽しみにしていてください。
火星を知ることは、太陽系の起源つまり宇宙を知ることにつながります。火星にはもともと水があり二酸化炭素による温室効果によって現在の姿になったと言われています。つまり、火星を調べれば地球の未来を知るヒントが得られるかもしれません。
もし火星で生物もしくはその痕跡が発見されれば、生命のとは何かという人類が長年考えてきた謎の根源に迫ることができます。
火星に飛行機を飛ばすことは人類が進化する道筋の一つなのかもしれません。
<リンク>
JAXAの火星飛行機計画
http://www.isas.jaxa.jp/j/researchers/symp/sss13/paper/S6-003.pdf
来週は「【ご期待に応え アンコール企画】機能性ヨーグルトのひみつ」です。
配信日程:12月7日(月)午前10時ごろ配信予定
【プロフィール】
浅井 圭介(あさい・けいすけ)東北大学大学院工学研究科・教授
1956年、大阪府生まれ。京都大学工学部航空工学科卒業。航空宇宙技術研究所(現JAXA)に23年勤務した後、東北大学大学院に転任。1988-89年、客員研究員としてNASAラングレー研究センターに滞在。現在の研究テーマは先進的な風洞実験技術の開発、惑星探査のためのロコモーション技術の研究など。小学生のときからの飛行機マニアで、「世界の航空博物館&航空ショー」(共著)、NEWTON別冊「航空機のテクノロジー」(監修)などの著書がある。
先日、日本の主力ロケットH2Aがカナダの人工衛星の打ち上げに成功しました。海外から注文を受けて衛星を打ち上げるのはこれが初めてで、我が国もいよいよ国際的な宇宙ビジネスの仲間入りです。
その前日に米国では、Amazon.comの設立者ジェフ・ベゾス氏が設立したベンチャー企業(Blue Origin)が再使用型ロケットの試験飛行に成功しました。ベゾス氏が目指すのは宇宙観光ツアーということですから、皆さんが宇宙飛行を体験するのもそんな遠い日のことではないかもしれません。
「宇宙」の定義とは?
そもそも宇宙と地球の境界はどこにあるのでしょうか?
実はそれは明確に定義されていて、高度100㎞以上の空間を「宇宙」と呼んでいます。
宇宙が東京より近いことに驚かれたかもしれませんが、この高度を越えた人には「宇宙飛行士」の称号が与えられます。
一方、高度100㎞未満の空間は地球に属しています。この領域の最大の特徴は「大気」が存在することです。宇宙空間では秒速7.9㎞というとてつもない速度がなければ地球に落下してしまいますが、大気中なら空気から受ける揚力や浮力を利用して浮かんでいられます。
飛行機が人間の移動手段として進化したのは、地球に大気が存在したからなのです。
火星にも存在する大気
宇宙には地球以外にも大気をもつ天体が沢山あります。金星には二酸化炭素の厚い大気があり、その内部は92気圧、470℃の灼熱の世界です。逆に土星の衛星タイタンには窒素を主成分とする大気があり、マイナス180℃という極寒の世界です。
我々にとってもっとも身近な惑星である「火星」も大気をもつ天体の一つです。
火星は地球の約半分の大きさ、質量が小さいので引力は地球の3分の1しかありません。一年の長さは687日と地球のほぼ倍です。これは火星が地球より太陽から離れた位置にあるためで、火星の平均気温はマイナス70℃です。
大気の主成分は金星と同じ二酸化炭素ですが、金星とは真逆で火星の大気圧は7hPaしかありません。火星大気は地球大気の100分の1にも満たない希薄な大気なのです。
火星の大気を飛ぶ~火星探査飛行機
このように希薄な大気でも火星の重力は小さいので、超軽量で効率の高い飛行機であれば大気中を飛ぶことができます。もしそれが本当なら空中を移動しながら様々な観測が行えそうです。
図2はJAXAが考えた火星飛行機の想像図です。翼の面積は畳一枚くらい、全体の重量が3.5kg以下であれば、希薄な火星大気でも浮揚できる計算です。
バッテリーでプロペラを駆動すれば時速180㎞のスピードがでます。飛行時間は1時間足らずですが、時速30m程度でしか動けないローバ―(地上を走る探査車)より、はるかに広い領域の探査が可能です。
断崖などの地形の観測や残留磁場の測定など、惑星天文学を専門家も火星飛行機の実現に期待を寄せています。
ライト兄弟に学べ~世界で唯一の火星大気風洞
しかし火星の大気環境は地球とは大きく違っているので、地球で性能の良い飛行機が、火星でも良く飛ぶ保証はありません。これまで蓄積してきた知識や経験が火星飛行機の設計にはまったく役に立たないかもしれないのです。
解決のヒントは人類初の初飛行に成功したライト兄弟にありました。彼らに習って開発したのが「火星大気風洞」(Mars Wind Tunnel)とよばれる風洞です。
完成した風洞の写真を図2に示します。この風洞は火星での大気飛行を地上で再現できる世界で唯一の風洞です。内部の圧力を百分の1気圧にまで下げることができ、二酸化炭素を使った実験が行えます。
最大で音速の90%近い速度の風をつくり出せます。この風洞を利用して様々な翼模型の性質が調べられました。そして、火星飛行機の主翼やプロペラの設計に適用されたのです。
エベレストより高く~火星飛行機の飛行実証計画
現在、火星探査飛行機の研究開発はJAXA宇宙科学研究所の大山聖准教授(東北大学出身)と当研究室の永井大樹准教授を中心するワークンググループによって進められています。
当面の目標は、火星飛行機に必要とされる技術や機器の開発、そして火星飛行機のプロトタイプ(試作機)の設計です。図4は JAXAの大型風洞で行われたプロトタイプの風洞試験の様子です。
ワーキンググループでは、このプロトタイプの高々度における飛行実証試験を計画しています。地球最高峰のエベレスト山頂(8848m)では、気圧は314 hPa、気温はマイナス42℃まで下がります。さらに高度をあげて33,500mに達すると、気圧が7hPa、気温がマイナス55℃という火星大気に近い環境が得られるのです。
火星飛行機の高々度飛行プロジェクトは「MABE-1」(Mars Airplane Baloon Experiment One)とよばれています。
図5はこのプロジェクトのパッチです。実験では、JAXAの大型ヘリウム気球を使用して機材を実験高度まで運びます。ゴンドラに積んだ火星飛行機を高度35,000mで切り離し、滑空中の飛行データを収集します。実験が行われるのは来年初夏の予定です。場所は北海道の大樹町です。実験の結果を皆さんも楽しみにしていてください。
火星を知ることは、太陽系の起源つまり宇宙を知ることにつながります。火星にはもともと水があり二酸化炭素による温室効果によって現在の姿になったと言われています。つまり、火星を調べれば地球の未来を知るヒントが得られるかもしれません。
もし火星で生物もしくはその痕跡が発見されれば、生命のとは何かという人類が長年考えてきた謎の根源に迫ることができます。
火星に飛行機を飛ばすことは人類が進化する道筋の一つなのかもしれません。
<リンク>
JAXAの火星飛行機計画
http://www.isas.jaxa.jp/j/researchers/symp/sss13/paper/S6-003.pdf
来週は「【ご期待に応え アンコール企画】機能性ヨーグルトのひみつ」です。
配信日程:12月7日(月)午前10時ごろ配信予定
【プロフィール】
浅井 圭介(あさい・けいすけ)東北大学大学院工学研究科・教授
1956年、大阪府生まれ。京都大学工学部航空工学科卒業。航空宇宙技術研究所(現JAXA)に23年勤務した後、東北大学大学院に転任。1988-89年、客員研究員としてNASAラングレー研究センターに滞在。現在の研究テーマは先進的な風洞実験技術の開発、惑星探査のためのロコモーション技術の研究など。小学生のときからの飛行機マニアで、「世界の航空博物館&航空ショー」(共著)、NEWTON別冊「航空機のテクノロジー」(監修)などの著書がある。