- 【人間関係は犯罪を防げるか?】第1回 貧困と犯罪
- 【人間関係は犯罪を防げるか?】第2回 人間関係の重要性
- 【人間関係は犯罪を防げるか?】第3回 なぜ自営業の人間関係は犯罪を防ぐのか?
- 【人間関係は犯罪を防げるか?】第5回 グローバリゼーションの中の人間関係――「寛容」の大切さ
【人間関係は犯罪を防げるか?】第4回 人間関係が犯罪を抑える力の変化
2015/12/17 10:00
私には倉沢進先生のように500メートル四方の地区ごとにデータを集める時間も予算もありませんでした。しかし幸い東北大学附属図書館には『東京都統計年鑑』という年鑑がありました。
これには東京都のさまざまなデータが毎年収録されています。その1975年版と2005年版から23区別の刑法犯数、生活扶助数、従業員1-9人企業のパーセントという3つの変数を取り出しました。初めの2つは人口1万人で割って、それぞれ犯罪率、生活扶助率と呼ぶことにし、最後の変数は小規模企業率と呼ぶことにします。生活扶助率が低い区は経済的に豊かな区で、高い区は貧しい区だと想定します。残念ながら、自営業者の数や率はなかったので、小規模企業率で代替することにしました。
まず、これらの変数の値が23区全体で1975年から2005年までにどのように変化したか見てみましょう。下の表がそれです。犯罪率は1975年で254.6でしたが、2005年には293.4に増えていて、30年間の増加率はl5.2%です。生活扶助率は147.8%も増加しています。
この数値を計算した時、自分でもびっくりしましたが、いかにこの30年間で貧困に陥る人が増えたのかを示しています。小規模企業率は逆に減っています。自営業を営むことが難しくなってきたのでしょう。そしてこのことは自営業が犯罪を抑える力が弱くなっていることを示唆します。本当にそうかどうか、次に見てみましょう。
そのために、犯罪率、生活扶助率、小規模企業率を23区の地図上に表す社会地図を1975年と2005年について作成しました。下の地図がそれです。青い色が濃くなるほど、率が高くなっています。たとえば1975年の生活扶助率を見ると、東京の東部(下町)の方が西部よりも色が濃くなっています。
1975年の地図を見ると、生活扶助率と犯罪率の間に地理的な関連は見られません。先ほどお話ししたように、生活扶助率は東部の方で高くなっていますが、犯罪率は中心部で高くなっています。
一方、小規模企業率は東京の東部と西部の周辺地区で高くなっていて、犯罪率と逆のパターンを見せています。このことから、小規模企業率は犯罪率を抑える傾向があることが分かります。
2005年でも基本的に同じパターンがみられます。しかし1975年との大きな違いは犯罪率が中央部から東部の方に移動していることです。小規模企業率のパターンはあまり変化していないことから、東部で小規模企業率が犯罪を抑える力が弱くなっていると推測されます。
このことを厳密に分析するために、空間回帰分析という統計手法をこのデータに当てはめてみました。すると、予想通りに1975年から2005年にかけて小規模企業率が犯罪率を抑える力が弱くなっていることが明らかになりました。
このことは何を意味するのでしょうか。より詳細な分析が必要ですが、ここでは東京下町における自営業の位置づけや意味が変わりつつあることに着目しましょう。
下町でも昔ながらの自営業だけでなく、ビルの一角におしゃれなブティックや雑貨屋を見かけます。そこで働いている人の多くは若い人たちです。おそらくそういう人たちは自分で起業してお店を開いたのでしょう。そして自分の子供たちにそのお店を継がせることなど考えていないのではないでしょうか。
そうすると、第3回でお話ししたような、自営業の人々の間の長期にわたる人間関係が弱くなっていると考えられます。このため、自営業が犯罪を抑える力が弱くなっているのでしょう。
それではどうすればよいのでしょうか。どうすれば犯罪を抑えることができるのでしょうか。次回はこのことについて考えていきましょう。
次回は「第5回 グローバリゼーションの中の人間関係―「寛容」の大切さ」です。
配信日程:12月18日(金)午前10時ごろ配信予定
【プロフィール】
佐藤 嘉倫
東北大学大学院文学研究科教授
合理的選択理論の視点から、信頼や社会的不平等の解明に取り組んでいる。
編著に『ソーシャル・キャピタルと格差社会』(東京大学出版会、2014年)がある。
趣味 ジャズ鑑賞、ギター、料理、スキー
これには東京都のさまざまなデータが毎年収録されています。その1975年版と2005年版から23区別の刑法犯数、生活扶助数、従業員1-9人企業のパーセントという3つの変数を取り出しました。初めの2つは人口1万人で割って、それぞれ犯罪率、生活扶助率と呼ぶことにし、最後の変数は小規模企業率と呼ぶことにします。生活扶助率が低い区は経済的に豊かな区で、高い区は貧しい区だと想定します。残念ながら、自営業者の数や率はなかったので、小規模企業率で代替することにしました。
まず、これらの変数の値が23区全体で1975年から2005年までにどのように変化したか見てみましょう。下の表がそれです。犯罪率は1975年で254.6でしたが、2005年には293.4に増えていて、30年間の増加率はl5.2%です。生活扶助率は147.8%も増加しています。
この数値を計算した時、自分でもびっくりしましたが、いかにこの30年間で貧困に陥る人が増えたのかを示しています。小規模企業率は逆に減っています。自営業を営むことが難しくなってきたのでしょう。そしてこのことは自営業が犯罪を抑える力が弱くなっていることを示唆します。本当にそうかどうか、次に見てみましょう。
そのために、犯罪率、生活扶助率、小規模企業率を23区の地図上に表す社会地図を1975年と2005年について作成しました。下の地図がそれです。青い色が濃くなるほど、率が高くなっています。たとえば1975年の生活扶助率を見ると、東京の東部(下町)の方が西部よりも色が濃くなっています。
1975年の地図を見ると、生活扶助率と犯罪率の間に地理的な関連は見られません。先ほどお話ししたように、生活扶助率は東部の方で高くなっていますが、犯罪率は中心部で高くなっています。
一方、小規模企業率は東京の東部と西部の周辺地区で高くなっていて、犯罪率と逆のパターンを見せています。このことから、小規模企業率は犯罪率を抑える傾向があることが分かります。
2005年でも基本的に同じパターンがみられます。しかし1975年との大きな違いは犯罪率が中央部から東部の方に移動していることです。小規模企業率のパターンはあまり変化していないことから、東部で小規模企業率が犯罪を抑える力が弱くなっていると推測されます。
このことを厳密に分析するために、空間回帰分析という統計手法をこのデータに当てはめてみました。すると、予想通りに1975年から2005年にかけて小規模企業率が犯罪率を抑える力が弱くなっていることが明らかになりました。
このことは何を意味するのでしょうか。より詳細な分析が必要ですが、ここでは東京下町における自営業の位置づけや意味が変わりつつあることに着目しましょう。
下町でも昔ながらの自営業だけでなく、ビルの一角におしゃれなブティックや雑貨屋を見かけます。そこで働いている人の多くは若い人たちです。おそらくそういう人たちは自分で起業してお店を開いたのでしょう。そして自分の子供たちにそのお店を継がせることなど考えていないのではないでしょうか。
そうすると、第3回でお話ししたような、自営業の人々の間の長期にわたる人間関係が弱くなっていると考えられます。このため、自営業が犯罪を抑える力が弱くなっているのでしょう。
それではどうすればよいのでしょうか。どうすれば犯罪を抑えることができるのでしょうか。次回はこのことについて考えていきましょう。
次回は「第5回 グローバリゼーションの中の人間関係―「寛容」の大切さ」です。
配信日程:12月18日(金)午前10時ごろ配信予定
【プロフィール】
佐藤 嘉倫
東北大学大学院文学研究科教授
合理的選択理論の視点から、信頼や社会的不平等の解明に取り組んでいる。
編著に『ソーシャル・キャピタルと格差社会』(東京大学出版会、2014年)がある。
趣味 ジャズ鑑賞、ギター、料理、スキー