高齢者福祉の20年とこれから
その他
2017/05/29 10:32
高齢者福祉の20年とこれから
月刊ゆるるの生みの親
NPO法人全国コミュニティライフサポートセンター 理事長池田 昌弘
「縦糸」と「横糸」を紡ぐ
高齢者が集うお茶飲みの場に参加させていただいた際に、こんな話を伺った。介護保険サービスを初めて利用するときは、本人や家族が利用日などをご近所や友人に伝えてくれる。ところが、利用回数が増えたときは「サービスの量が増えたらしい」といった噂で知ることが多いというのだ。サービスの利用が増えると、ご近所や友人との日常的なつながりが切れていき、気がつくとその方は、あちら(介護保険)の世界の人になってしまうのよ、と話してくれた。
介護保険のサービス利用で、地域外の専門職や事業所とつながっても、ご近所や友人とのつながりが切れてしまうと、日常的に気にかけ合ったり、見守り合ったり、支え合ったりというちょっとした生活支援がなくなる。そのため結局、介護サービスの量を増やしたり、あるいは自宅での暮らしの継続が困難になったりする。
介護保険制度は、介護を家族だけに任せるのではなく、社会みんなで支え合う「介護の社会化」を目指して、2000年に創設された。これにより介護サービスの種類や量、質は充実し、もう介護保険のない高齢者福祉を想像することはできない。しかし、高齢化や単身化とも相俟って、「つながり」も「支え合う関係」も弱まり、「孤立」が進んでいる。つながりも支え合う関係もない限り、介護サービスの支援だけで在宅で暮らし続けるのは至難のわざだ。
本来は介護サービスだけが充実するのではなく、ご近所や友人とのつながりも豊かにして、その両方をうまく組み合わせ、上手に地域で暮らすことを考えていかねば、「地域包括ケアシステム」も絵に書いた餅になりかねない。そのためにも、個々の課題を解決する公的支援の「縦糸」と、近所や知人とつながり支え合っていく「横糸」を紡ぐことを意識することが重要だ。
放っておけない活動から介護保険のサービスに
介護保険制度の施行により、それまで自治体か社会福祉法人でなければ認められなかった公的介護サービスの提供が、法人格さえあれば、一定の基準をクリアすることで指定事業者になれるようにした。このような制度ができる前に、目の前にいる支援の必要な人を放っておけないと、無認可無届けで始まった(当時は届け出たり、認可を受けるという仕組みもなかった)介護サービスや生活支援を提供するグループも、多くは創設されたばかりのNPO法人の認証を受けて、介護保険に参入した。
全国各地で草の根的に広がった宅老所の制度化に向けて、1998年から3年間、毎年宮城県で全国フォーラムを開催し、実践者と自治体関係者、厚生労働省の担当者などと議論を重ねるなかで、多様なエッセンスが介護保険制度に盛り込まれた。デイサービスの民家活用や、当時既に小規模多機能ケアに取り組んでいた実践をあと押ししようと、デイサービスにショートステイを併設できる仕組みなどを創設。宅老所の運動は、「小規模多機能ケア」や「地域共生ケア」へと発展する一方で、宅老所のケアを特別養護老人ホームに取り込むことで誕生したユニットケアや、施設機能を地域に分散するサテライトケアなどにも大きな影響を与えた。
社会の変化に応じた変革の声を
介護保険は2006年の改正で、地域包括支援センターのほか、市町村長が指定する地域密着型サービス・地域支援事業を創設。地域密着型サービスに位置づけられた「小規模多機能型居宅介護」において、2012年の改正では「定期巡回・随時対応サービス」などが創設されている。
ところが、この20年近くで、1人暮らしや夫婦のみの世帯が急増した。もともとデイサービスは、介護家族の休息のために生まれたものにもかかわらず、休息する家族がいない人もデイサービスに通う。特に農山漁村部の介護軽度者などは、日中はご近所とのお茶飲みや畑など家回りの仕事も多く、デイサービスの利用ができる日中よりも、夜間帯のほうが不安という声も聞く。
また、東日本大震災の被災地では、仮設住宅にお風呂が付いているにもかかわらず、集会所でお風呂に入りたいという声も聞く。1人で入浴中に何かあったら困るので、人気(ひとけ)のあるところで気に掛けてほしいというのだ。お友だちと一緒に入るという人もいるという。
こうした現場の生の声をできるだけ反映して、必要があれば、制度サービスの改廃も含めた修正が必要だ。ナイトデイサービスをモデル的に実施するとか、地区の公民館などの集会施設にお風呂を整備することは、防災施設としての機能強化にもつながる。
法令順守(コンプライアンス)が厳しく問われ、制度を守ることが優先されることで社会の変化に対応する柔軟さを失い、サービスの現場から変革の声が上がらなくなってしまったことは、介護保険における最も大きな課題といえる。
地域みんなで支え合う時代に向けて
少子高齢化とともに、人口縮小社会を迎え、子どもたちに夢の持てるような社会を、どう築いていくかが問われている。孫やひ孫のためにも、高齢者はできる範囲でできる仕事を継続して、生きがいや支え合いを生み出し、それを介護予防につなげていくことが重要だ。
今年の2月、厚生労働省は「地域共生社会の実現に向けて」を発表し、「縦割りから丸ごとへ」「我が事・丸ごとの地域づくり」という方向性を打ち出した。「地域の支え合い(根っこ)」を基盤にしながら、「支え合いの活動( 幹)」や「制度サービス( 枝葉)」を地域みんなで育て支え合う、そんな地域づくりを進めることが求められる。
月刊杜の伝言板ゆるる2017年5月号
http://www.yururu.com/?p=2381
月刊ゆるるの生みの親
NPO法人全国コミュニティライフサポートセンター 理事長池田 昌弘
「縦糸」と「横糸」を紡ぐ
高齢者が集うお茶飲みの場に参加させていただいた際に、こんな話を伺った。介護保険サービスを初めて利用するときは、本人や家族が利用日などをご近所や友人に伝えてくれる。ところが、利用回数が増えたときは「サービスの量が増えたらしい」といった噂で知ることが多いというのだ。サービスの利用が増えると、ご近所や友人との日常的なつながりが切れていき、気がつくとその方は、あちら(介護保険)の世界の人になってしまうのよ、と話してくれた。
介護保険のサービス利用で、地域外の専門職や事業所とつながっても、ご近所や友人とのつながりが切れてしまうと、日常的に気にかけ合ったり、見守り合ったり、支え合ったりというちょっとした生活支援がなくなる。そのため結局、介護サービスの量を増やしたり、あるいは自宅での暮らしの継続が困難になったりする。
介護保険制度は、介護を家族だけに任せるのではなく、社会みんなで支え合う「介護の社会化」を目指して、2000年に創設された。これにより介護サービスの種類や量、質は充実し、もう介護保険のない高齢者福祉を想像することはできない。しかし、高齢化や単身化とも相俟って、「つながり」も「支え合う関係」も弱まり、「孤立」が進んでいる。つながりも支え合う関係もない限り、介護サービスの支援だけで在宅で暮らし続けるのは至難のわざだ。
本来は介護サービスだけが充実するのではなく、ご近所や友人とのつながりも豊かにして、その両方をうまく組み合わせ、上手に地域で暮らすことを考えていかねば、「地域包括ケアシステム」も絵に書いた餅になりかねない。そのためにも、個々の課題を解決する公的支援の「縦糸」と、近所や知人とつながり支え合っていく「横糸」を紡ぐことを意識することが重要だ。
放っておけない活動から介護保険のサービスに
介護保険制度の施行により、それまで自治体か社会福祉法人でなければ認められなかった公的介護サービスの提供が、法人格さえあれば、一定の基準をクリアすることで指定事業者になれるようにした。このような制度ができる前に、目の前にいる支援の必要な人を放っておけないと、無認可無届けで始まった(当時は届け出たり、認可を受けるという仕組みもなかった)介護サービスや生活支援を提供するグループも、多くは創設されたばかりのNPO法人の認証を受けて、介護保険に参入した。
全国各地で草の根的に広がった宅老所の制度化に向けて、1998年から3年間、毎年宮城県で全国フォーラムを開催し、実践者と自治体関係者、厚生労働省の担当者などと議論を重ねるなかで、多様なエッセンスが介護保険制度に盛り込まれた。デイサービスの民家活用や、当時既に小規模多機能ケアに取り組んでいた実践をあと押ししようと、デイサービスにショートステイを併設できる仕組みなどを創設。宅老所の運動は、「小規模多機能ケア」や「地域共生ケア」へと発展する一方で、宅老所のケアを特別養護老人ホームに取り込むことで誕生したユニットケアや、施設機能を地域に分散するサテライトケアなどにも大きな影響を与えた。
社会の変化に応じた変革の声を
介護保険は2006年の改正で、地域包括支援センターのほか、市町村長が指定する地域密着型サービス・地域支援事業を創設。地域密着型サービスに位置づけられた「小規模多機能型居宅介護」において、2012年の改正では「定期巡回・随時対応サービス」などが創設されている。
ところが、この20年近くで、1人暮らしや夫婦のみの世帯が急増した。もともとデイサービスは、介護家族の休息のために生まれたものにもかかわらず、休息する家族がいない人もデイサービスに通う。特に農山漁村部の介護軽度者などは、日中はご近所とのお茶飲みや畑など家回りの仕事も多く、デイサービスの利用ができる日中よりも、夜間帯のほうが不安という声も聞く。
また、東日本大震災の被災地では、仮設住宅にお風呂が付いているにもかかわらず、集会所でお風呂に入りたいという声も聞く。1人で入浴中に何かあったら困るので、人気(ひとけ)のあるところで気に掛けてほしいというのだ。お友だちと一緒に入るという人もいるという。
こうした現場の生の声をできるだけ反映して、必要があれば、制度サービスの改廃も含めた修正が必要だ。ナイトデイサービスをモデル的に実施するとか、地区の公民館などの集会施設にお風呂を整備することは、防災施設としての機能強化にもつながる。
法令順守(コンプライアンス)が厳しく問われ、制度を守ることが優先されることで社会の変化に対応する柔軟さを失い、サービスの現場から変革の声が上がらなくなってしまったことは、介護保険における最も大きな課題といえる。
地域みんなで支え合う時代に向けて
少子高齢化とともに、人口縮小社会を迎え、子どもたちに夢の持てるような社会を、どう築いていくかが問われている。孫やひ孫のためにも、高齢者はできる範囲でできる仕事を継続して、生きがいや支え合いを生み出し、それを介護予防につなげていくことが重要だ。
今年の2月、厚生労働省は「地域共生社会の実現に向けて」を発表し、「縦割りから丸ごとへ」「我が事・丸ごとの地域づくり」という方向性を打ち出した。「地域の支え合い(根っこ)」を基盤にしながら、「支え合いの活動( 幹)」や「制度サービス( 枝葉)」を地域みんなで育て支え合う、そんな地域づくりを進めることが求められる。
月刊杜の伝言板ゆるる2017年5月号
http://www.yururu.com/?p=2381