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細菌の力を借りた植物の改良

東北大学

2018/08/14 18:57

東北大学 農学研究科 准教授 伊藤幸博

1.アグロバクテリウムのすばらしい能力
みなさん、「アグロバクテリウム」って知っていますか。アグロバクテリウムは土の中に住んでいる細菌で、植物に感染します。植物からみれば病原菌です。このアグロバクテリウムは植物に感染すると、なんと自分の遺伝子の一部を植物の中に組み込みます(図1)。

組み込む遺伝子は大きく分けると2種類で、1つは植物ホルモンを作る遺伝子です。そのため、アグロバクテリウムに感染された植物細胞は、植物ホルモンをどんどん作り、その作用でどんどん分裂して増えていき、こぶになります。

アグロバクテリウムは、さらにもう1種類の遺伝子も一緒に植物に組み込みます。それは、オピンというアミノ酸の仲間を作る遺伝子です。なので、こぶの中ではどんどんオピンが作られています。アグロバクテリウムはこのオピンを分解する遺伝子を持っていますので、オピンを栄養として利用することができます。では、植物はどうでしょうか。

植物は、アグロバクテリウムに入れられた遺伝子の働きでオピンをどんどん作りますが、オピンを分解する遺伝子を持っておらず、栄養にすることができません。オピンはアグロバクテリウム専用の栄養分なのです。つまり、アグロバクテリウムは遺伝子組換え技術を使って自分専用の栄養分を植物に作らせているのです。

図1、アグロバクテリウムによる遺伝子の導入


2.アグロバクテリウムのアイデアを拝借したイネの改良
こんなことを行うアグロバクテリウムは、頭はありませんが、とても頭がいいと思いませんか。のび太は出来杉くんを全く見習いませんが、なかにはアグロバクテリウムを見習う人がいて、それで人間も遺伝子組換え植物を作るようになりました。

私たちもアグロバクテリウムを見習って、遺伝子組換え技術を使ってイネを改良する研究を行っています。私たちが目指しているのは、稲わらを有効利用しやすいように改良しよう、ということです。稲わらは、糖に分解できれば、バイオ燃料やバイオプラスチックとして利用することができます(図2)。

だけど、稲わらを含め、植物の細胞壁はとても丈夫で、なかなか糖に分解することができません。もし簡単に分解できたら、この世に木の家なんてないはずです。それぐらい安定です。それを分解しようとすると多くのエネルギーやお金がかかり、そのため実用化されていません。そこで、原料となる植物を、私たちの場合は稲わらを分解しやすくなるように改良することを考えました。

図2、稲わらから燃料や有用物質を生産する過程
コメは食糧とし、残った稲わらを原料とする。


私たちは、細胞壁の成分を分解する遺伝子をイネに組み込み、細胞壁にひびを入れたような状態にすることを考えました。ひび割れの細胞壁なら分解されやすいはずだからです。そのようなイネを作ったところ、通常の稲わらよりも効率よく糖に分解できるようになりました。

けれども、問題点も見つかりました。穂が十分育たず、コメが実らなくなってしまったのです。そこで考えました。細胞壁を分解する遺伝子をずっと働かせたから、ひびが入りすぎて穂ができなかったのではないかと。ならば、穂ができた後に働かせれば、コメもとれて稲わらも分解されやすくなるのではないかと。

そこで、今度は、稲わらの老化が始まった後に細胞壁を分解する遺伝子が働くようにしました。そうしたら、期待通り、コメは実り、稲わらは分解されやすいイネができました(図3)。

このように、使う遺伝子とその遺伝子を働かせる時期を調節することにより、植物を目的に合わせて改良することが可能です。

図3、老化期に細胞壁分解遺伝子を働かせた稲わらの分解されやすさ
普通のイネの分解されやすさを1とした時の相対値。
(Furukawa et al (2014) Transgenic Res 23, 531-537から改変)


3.生き物から学ぶ
 遺伝子組換え技術は人間が考えたものと思われていますが、本当はそうではありません。アグロバクテリウムが考え出したものなのです。人間はこのアグロバクテリウムの能力に気付き、その真似をしているだけなのです。人間はアグロバクテリウムだけでなく、いろいろな自然の生き物の真似をして、生活を豊かにする技術を開発してきました。野生の生き物は私たちの大先生でもあるのです。


【プロフィール】
伊藤 幸博
東北大学大学院農学研究科准教授
植物の遺伝子の機能の解明と遺伝子を用いた植物の改良を研究。東北大学飛翔型科学者の卵養成講座実行委員として高校生の科学研究も支援。
1967年、名古屋生まれ、2男1女の父。
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