遠いむかし、鳥は恐竜だった
2018/08/14 18:57
東北大学 大学院生命科学研究科 教授 田村 宏治
1.動物ってなんだ?
生き物はそこらじゅうにいて、電池も付いてないのに動く物はたいてい生き物ですが、川の水や雲は動くけれど生き物ではないし、ほとんど動かない生き物もいるので、動けば生き物というわけではなさそうです。
より正確には、細胞という構造からできているものを、生き物といいます。
私たちヒトも細胞でできている生き物で、実際、ヒトの体は何十兆個もの細胞からできています。気の遠くなるようなすごい細胞の数ですね。ヒトのように、生きるためにエサが必要な生き物を動物といいます。
動きまわる動物に対して植物はほとんど動きませんが、もちろん生きているので活動していて、そのためにエネルギーが必要です。植物がすごいのは必要なエネルギーを自分で(太陽光から)作れることで、動物にはそれができないので仕方なく動き回ってエサを食べてエネルギーを摂るのです。
地球上にはいろんな動物がいます。キリンもカメもペンギンも動物ですが、みんなそれぞれ独特なかっこう(形)をしています。もちろんいずれもたくさんの細胞でできているのですが、最初から細胞がたくさんあるわけではありません。たった一個の細胞(受精卵)から始まって、二個になり四個になりと細胞の数が増えて体が大きくなります。この過程を「発生」とよびます。
ヒトのような哺乳類では産まれてくるまでの間、鳥ならふ化して殻から出てくるまでの間を指します。発生する過程で細胞の数は増え、動物の形が作られていくのです。
2.鳥の指のでき方
ここでは、動物の中でも鳥のお話をしようと思います。鳥はおもしろい動物で、どの鳥を見ても鳥に見えるし、鳥じゃない動物を見て鳥とまちがえることもまずありません。
ペンギンはちょっと鳥っぽくないですが、それでもあのクチバシは鳥にしかないものです。イモリとヤモリは形がよく似ているのにまったく違う動物だったり、ウシとクジラは見た目がまるで違うのに同じ仲間の動物だったりすることを考えると、鳥はわかり易い。
鳥を鳥らしく見せているのは、何といってもあの大きな翼です。そして翼を含め体じゅうに生えている羽毛。羽毛をもっている動物は、現在では鳥だけです。昔はもう少しいました。そう、恐竜です。恐竜と鳥はずいぶん格好が違うようですが、中には羽毛をもっていて鳥とよく似た恐竜もいます。羽毛の生えた翼、これも生まれてくるあいだの発生過程でできてきます。
ここでひとつ確認です。鳥の翼というのはヒトでいうところの腕(前肢)と同じものです。天使や烏天狗、ドラゴン、ペガサスの翼のような、腕とは別に肩から生えているものはいずれも空想上の産物で、これらを想像してはいけません。実際には、腕の他にもう一組の翼をもった動物はいません。
鳥の翼は、風切羽などの羽毛をまとって特殊化していますが、腕なのです。羽毛をとり除いてよく見てみると、ひじも手首もあるし、指も生えています。ただし指はヒトのように5本は無く、3本指です。この3本指も風切羽のような羽毛も、上で書いた「発生」過程で作られるので、鳥の発生過程(図1)を調べれば3本指の作られ方を明らかにすることができます。
たとえばニワトリの受精卵は約20日でヒヨコになりますが、受精卵を温めはじめてから3日くらいで手足のふくらみが見えてきます。10日ほどするともう、手のふくらみに3本の指があることがわかります。まだこの時期には羽毛は生えていませんが、このあとふ化するまでの10日で羽毛が生えてきます。
指は最初の3日から10日のあいだに作られるわけですが、指の作られる過程を調べてみると、ヒトでいう薬指と小指が鳥では作られないために3本指になることがわかりました。ということは、鳥の翼の3本の指は、親指と人差し指と中指、ということになります。
図1.ニワトリの発生過程。卵の中で発生しているニワトリを軟骨標本にしたもの。下の囲みの中は、ニワトリの前肢(翼)の軟骨骨格。指が3本あることがわかる。
3.鶏のから揚げ=恐竜肉
恐竜の中に、獣脚類といういかにも強そうな名前の肉食恐竜がいます。ここでもうひとつ確認です。恐竜は怪獣ではありませんし、ゴジラは恐竜ではありません。怪獣もゴジラもドラゴンと同じく人が造り出した空想上の産物なのに対し、恐竜は化石としてしか見つかりませんがれっきとした動物です。
獣脚類恐竜の中に前肢に3本指をもつ動物がいます。さらにその前肢に羽毛が生えている獣脚類恐竜もいて、ちょっと見ると鳥みたいです。始祖鳥という化石動物(図2)も羽毛を備えた前肢をもっていますが、これはもう見た感じ翼そのものです。始祖鳥の翼も3本指です。けれども地球上に初めて出現したころの恐竜は5本指でした。
その頃の恐竜から始祖鳥まで化石を古い順に並べてみると、5本指をもった恐竜から、小指がなくなった恐竜、さらに薬指が小さくなった恐竜が現れて、そのあとで3本指の恐竜や始祖鳥が生まれたようだということがわかります。
ということは、これらの3本指恐竜や始祖鳥の翼の指は、小指と薬指がなくなったもの、すなわち親指、人差し指、中指、ということになります。
図2.始祖鳥。写真はベルリン標本のレプリカ(筆者がパリの国立自然史博物館で撮影したもの)。前肢に指が3本あることがわかる。
鳥の指も親指から始まる3本指でした。そうです、同じなんです。このように体のあちこちの形やその作られ方を詳しく調べて細かく比べてみると、ヤモリよりもカメよりもワニよりも、その他どの動物よりも鳥は恐竜に最も似ていると結論されます。
鳥と最も近い動物は恐竜である、言い換えると鳥は恐竜の一部(獣脚類恐竜)から進化し、現代まで生き残った動物なのです。ヒトは霊長類(サル類)であると言うならば、鳥は恐竜類であるということになります。ちょっと言い過ぎな感もありますが、私も大好きな鶏のから揚げを食べることは恐竜の肉を食べているのと同じことになります(だって鳥は恐竜だから)。
【プロフィール】
田村 宏治 (たむら こうじ)
東北大学 大学院生命科学研究科 教授
栃木県宇都宮市の生まれですが、東北大学に入学以来、30年以上仙台に在住。脊椎動物の四肢の形態形成を、発生・再生・進化の観点から研究する動物発生学者。三度の飯よりお茶漬けが好き(言葉使いをまちがってるのはわかるけど、それほど好き)。骨のある動物の写真を見せると喜びます。
1.動物ってなんだ?
生き物はそこらじゅうにいて、電池も付いてないのに動く物はたいてい生き物ですが、川の水や雲は動くけれど生き物ではないし、ほとんど動かない生き物もいるので、動けば生き物というわけではなさそうです。
より正確には、細胞という構造からできているものを、生き物といいます。
私たちヒトも細胞でできている生き物で、実際、ヒトの体は何十兆個もの細胞からできています。気の遠くなるようなすごい細胞の数ですね。ヒトのように、生きるためにエサが必要な生き物を動物といいます。
動きまわる動物に対して植物はほとんど動きませんが、もちろん生きているので活動していて、そのためにエネルギーが必要です。植物がすごいのは必要なエネルギーを自分で(太陽光から)作れることで、動物にはそれができないので仕方なく動き回ってエサを食べてエネルギーを摂るのです。
地球上にはいろんな動物がいます。キリンもカメもペンギンも動物ですが、みんなそれぞれ独特なかっこう(形)をしています。もちろんいずれもたくさんの細胞でできているのですが、最初から細胞がたくさんあるわけではありません。たった一個の細胞(受精卵)から始まって、二個になり四個になりと細胞の数が増えて体が大きくなります。この過程を「発生」とよびます。
ヒトのような哺乳類では産まれてくるまでの間、鳥ならふ化して殻から出てくるまでの間を指します。発生する過程で細胞の数は増え、動物の形が作られていくのです。
2.鳥の指のでき方
ここでは、動物の中でも鳥のお話をしようと思います。鳥はおもしろい動物で、どの鳥を見ても鳥に見えるし、鳥じゃない動物を見て鳥とまちがえることもまずありません。
ペンギンはちょっと鳥っぽくないですが、それでもあのクチバシは鳥にしかないものです。イモリとヤモリは形がよく似ているのにまったく違う動物だったり、ウシとクジラは見た目がまるで違うのに同じ仲間の動物だったりすることを考えると、鳥はわかり易い。
鳥を鳥らしく見せているのは、何といってもあの大きな翼です。そして翼を含め体じゅうに生えている羽毛。羽毛をもっている動物は、現在では鳥だけです。昔はもう少しいました。そう、恐竜です。恐竜と鳥はずいぶん格好が違うようですが、中には羽毛をもっていて鳥とよく似た恐竜もいます。羽毛の生えた翼、これも生まれてくるあいだの発生過程でできてきます。
ここでひとつ確認です。鳥の翼というのはヒトでいうところの腕(前肢)と同じものです。天使や烏天狗、ドラゴン、ペガサスの翼のような、腕とは別に肩から生えているものはいずれも空想上の産物で、これらを想像してはいけません。実際には、腕の他にもう一組の翼をもった動物はいません。
鳥の翼は、風切羽などの羽毛をまとって特殊化していますが、腕なのです。羽毛をとり除いてよく見てみると、ひじも手首もあるし、指も生えています。ただし指はヒトのように5本は無く、3本指です。この3本指も風切羽のような羽毛も、上で書いた「発生」過程で作られるので、鳥の発生過程(図1)を調べれば3本指の作られ方を明らかにすることができます。
たとえばニワトリの受精卵は約20日でヒヨコになりますが、受精卵を温めはじめてから3日くらいで手足のふくらみが見えてきます。10日ほどするともう、手のふくらみに3本の指があることがわかります。まだこの時期には羽毛は生えていませんが、このあとふ化するまでの10日で羽毛が生えてきます。
指は最初の3日から10日のあいだに作られるわけですが、指の作られる過程を調べてみると、ヒトでいう薬指と小指が鳥では作られないために3本指になることがわかりました。ということは、鳥の翼の3本の指は、親指と人差し指と中指、ということになります。
図1.ニワトリの発生過程。卵の中で発生しているニワトリを軟骨標本にしたもの。下の囲みの中は、ニワトリの前肢(翼)の軟骨骨格。指が3本あることがわかる。
3.鶏のから揚げ=恐竜肉
恐竜の中に、獣脚類といういかにも強そうな名前の肉食恐竜がいます。ここでもうひとつ確認です。恐竜は怪獣ではありませんし、ゴジラは恐竜ではありません。怪獣もゴジラもドラゴンと同じく人が造り出した空想上の産物なのに対し、恐竜は化石としてしか見つかりませんがれっきとした動物です。
獣脚類恐竜の中に前肢に3本指をもつ動物がいます。さらにその前肢に羽毛が生えている獣脚類恐竜もいて、ちょっと見ると鳥みたいです。始祖鳥という化石動物(図2)も羽毛を備えた前肢をもっていますが、これはもう見た感じ翼そのものです。始祖鳥の翼も3本指です。けれども地球上に初めて出現したころの恐竜は5本指でした。
その頃の恐竜から始祖鳥まで化石を古い順に並べてみると、5本指をもった恐竜から、小指がなくなった恐竜、さらに薬指が小さくなった恐竜が現れて、そのあとで3本指の恐竜や始祖鳥が生まれたようだということがわかります。
ということは、これらの3本指恐竜や始祖鳥の翼の指は、小指と薬指がなくなったもの、すなわち親指、人差し指、中指、ということになります。
図2.始祖鳥。写真はベルリン標本のレプリカ(筆者がパリの国立自然史博物館で撮影したもの)。前肢に指が3本あることがわかる。
鳥の指も親指から始まる3本指でした。そうです、同じなんです。このように体のあちこちの形やその作られ方を詳しく調べて細かく比べてみると、ヤモリよりもカメよりもワニよりも、その他どの動物よりも鳥は恐竜に最も似ていると結論されます。
鳥と最も近い動物は恐竜である、言い換えると鳥は恐竜の一部(獣脚類恐竜)から進化し、現代まで生き残った動物なのです。ヒトは霊長類(サル類)であると言うならば、鳥は恐竜類であるということになります。ちょっと言い過ぎな感もありますが、私も大好きな鶏のから揚げを食べることは恐竜の肉を食べているのと同じことになります(だって鳥は恐竜だから)。
【プロフィール】
田村 宏治 (たむら こうじ)
東北大学 大学院生命科学研究科 教授
栃木県宇都宮市の生まれですが、東北大学に入学以来、30年以上仙台に在住。脊椎動物の四肢の形態形成を、発生・再生・進化の観点から研究する動物発生学者。三度の飯よりお茶漬けが好き(言葉使いをまちがってるのはわかるけど、それほど好き)。骨のある動物の写真を見せると喜びます。