“会いたい” 亡き人思い...それぞれの10年

2018年06月14日
岩手・宮城内陸地震から10年。被災地では、帰らぬ人をしのび、祈りが続けられました。 大切な人を亡くしたご遺族、先祖代々続けてきた、なりわいを失った被災者、それぞれの思いがあります。 地震発生時刻の午前8時43分、大きな被害を受けた栗原市花山では、慰霊碑の前で、黙とうがささげられた。 伊藤千秋さん(75)は、白糸の滝で、弟の森 正弘さん(当時61)と妻・洋子さん(当時58)を一度に失った。 伊藤千秋さんは、「やっと弟たちが、わたしの身のそばにいつもいてくれるような、自分も年をとったせいなんでしょう。いつもそばにいてくれるような、そんな10年間になりました」と語った。 土石流に巻き込まれ、7人が犠牲になった駒の湯温泉。 菅原恵美さん。 当時、駒の湯温泉で働いていた母・高橋恵子さん(当時55)を亡くした。 菅原恵美さんは、「(この景色を見るのは?)見るのはやっぱり...、悔しい思いはあるが、ここで震災があったことを、1人でも多くの方に思い出してほしい」、「母に会いたい気持ちは変わらない」と話した。 栗原市の追悼式典の参列者の中に、花山地区で被災した三塚倉雄さん(78)がいた。 三塚さんは、内陸地震でできた土砂ダムに沈んだ秘湯、湯ノ倉温泉・湯栄館を経営していた。 200年以上の歴史があった旅館は、12メートルの水の底に沈み、廃業を余儀なくされた。 三塚倉雄さんは、「やっと温泉から『冷めた』。(建物の)形が見えるうちは、やはり、思い出のところ。心に残っていて、何度も足を運んだ。でも、面影も何もない。(徐々に沈んでいくあの景色は?)忘れられない」と話していた。 激震から10年。 生きる人たちの歩みは、これからも続く。