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【単語をとおして見る言葉の世界】第4回目 マナーは重要

東北大学

2016/05/12 10:40

第4回目 マナーは重要

「子供の夜鳴きに困っています。」

インターネットで見かけた相談事です。相談者には申し訳なくも、思わず笑ってしまいました。子供は「鳴く」ものでしょうか?「泣く」ものではないでしょうか。

単なる書き間違えだと考えればそれまでですが、単語の記号性のもとで見直すと、「子供の夜鳴き」という表現は我々に考察を促してきます。子供がなくという事象を「子供が鳴く」と表現する、そこには以下2つの記号化の過程が考えられるのです。

(a) 子供を動物として(動物のように)捉えている。つまり、子どもが「動物のように鳴く」
ゆえに「夜鳴き」である。
(b)「泣く」と「鳴く」を区別していない。つまり、「なく」=「生物が声を出す」の意味で
用いている。

前回は日本語・英語・韓国語の親族名称を比較しました。今日は日英語の動詞を比較してみましょう。見えてくるのは、行為そのものを記号化する場合と、どのようにその行為を行うかというマナーまで含めて記号化する場合とがある、ということです。

まず、日本語の「なく」について考えてみましょう。表1の例文をご覧ください。

表1 日本語の「なく」


1から13に共通して「なく」を使えます。(馬だけは「いななく」のですが。)よって、「なく」は、人間と動物を区別せず、「言葉ではない声を出す」という行為を表すといえます。つまり、これが「なく」のシニフィエです。(注:シニフィエとは記号の意味面、シニフィアンとは記号の音声面をいいます。)

人間の「なく」は悲しみという感情が込められているので、動物の「なく」とは別の単語ではないか、と思われるかもしれませんが、語源的にこの2つは同じ単語です。『小学館日本国語大辞典』によると、

「ね(音)」と同語源の「な」が動詞化したもので、生物が種々の刺激によって声を発する。
と定義されています。

次に、英語で「なく」に当たる単語をリストすると、表2のようになります。主語は表1と揃えていますので、1から13へと順に比較してみましょう。

表2 英語の「なく」


これはすごいですね!
日本語が「なく」の一手で押し通すところを、英語はいかに泣くかに応じて「なく」を下位分類し、記号化しているのです。人間がなくならcry (声を上げてなく)もしくはsob (すすりなく)、猫がなくならmeow (にゃあとなく)もしくはpurr(ごろごろいう)、ねずみがなくならsqueak(ちゅうちゅうなく)、牛がなくならmoo(もーとなく)…という具合です。こおろぎのような小さな野生の生き物にまで専用の「なく」が用意されているとは、何とも心温まる話ではないですか。

これらの動詞群のシニフィエはどのように考えたらよいでしょうか。「なく」のシニフィエは「声を出す」という行為でした。とすると、表2の動詞は、「声を出す」という行為概念に、マナー概念(どのような声を出すか)を組み込んだ記号である、と考えられるでしょう。

例えば、meowという動詞ならば「猫のような声を出す」というのがそのシニフィエである、と考えるのです。単に「声を出す」のではなく、『猫のような』+「声を出す」というマナーの指定が加わりますので、日本語に訳せば「にゃあとなく」という鳴き声の副詞+動詞「なく」の句の形式になるわけです。また、猫のような声を出せるのは何を措いてもまずは猫ですので、meowという動詞は典型的にa catという主語と連結するわけです。

しかし、猫のような声を出せばいいのですから、主語は必ず猫でなければならないということはありません。マーク・トウェイン (Mark Twain, 1835-1910, 米国の小説家) の代表作『トム=ソーヤの冒険』の第6章で、トムは友人ハックと次のような会話をしています。

Huck:  “Will you meow?”
Tom:  “Yes, and you will meow back if you get a chance.”

表2の英語の動詞群は、「声を出す」という基本的行為に、「〇〇のような声」というマナー概念を組み込んだ記号であることがわかりました。

翻って表1を見てみましょう。

英語と比較すると、日本語の漢字が記号化においてどうような働きをしているかがわかってきますね。表1にあるように、「泣く」と「鳴く」は、英語ほどきめ細かくはないにせよ、「声を出す」という基本的行為を下位分類しているのです。

「泣く」と「鳴く」のシニフィエは、それぞれ、「人間のような声を出す」「動物のような声を出す」としておきましょう。「泣く」については、やはり人間の出す言葉ではない声である「笑い」との対比から、「かなしみを表す声」という感情概念も組み込まれていると考えられます。

日本語では、和語 (native words) という本来は漢字とは対応しない単語に漢字をあてることによって、和語のもつ一般性の高いシニフィエを下位分類しているのです。

「子供の夜鳴きに困っています。」

我々の探求は、この相談から始まったのでした。この困り事をどう解釈するべきか?
すぐ上で見た「鳴く」のシニフィエでとれば、この子供は「夜、動物のような声を出す」ので困っている、と解釈することができます。これが可能性 (a)。

可能性 (b) としては、この相談者は上で見た「泣く」と「鳴く」の区別をしていない。字面は「鳴く」だがこころは「なく」である。つまり、この子供は「夜、声を出す」ので困っている、という解釈です。

サア、どちらでしょうか。
いずれにしても、日本語の単語の使い方としては妥当であるといえるのです。

今日は、日英語の「なく」動詞を比較して、基本的な行為の概念に、マナー概念が組み込まれて単語として記号化されることがあることを学びました。

行為を分類する場合、今日見たようなマナーに注目する分類(どのようにその行為を行うか)だけではなく、結果に注目する分類(その行為の結果どうなるか)もあります。例えば「こわす」・ break などは、行為のマナーではなく結果を組み込んだ動詞です。

語彙意味論 (lexical semantics) と呼ばれる分野では、「マナーが大事か、結果が大事か」という我々も日常的に直面する問題について、面白い研究がなされています。

<もっと知りたい人のために>
伊藤たかね・杉岡洋子『語の仕組みと語形成』研究社、2002年.

次回は「第5回目 単語の旅」です

配信日程:5月13日(金) 予定

プロフィール
長野 明子(ながの あきこ)
東北大学大学院情報科学研究科准教授
単語の構造・歴史・使用、単語を作り出す方法(語形成)について、英語を中心に研究している。
主著に Conversion and Back-Formation in English (Kaitakusha, 2008).
趣味 映画・音楽鑑賞、ラグビー・相撲・マラソン観戦、カレー屋めぐり