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【単語をとおして見る言葉の世界】第5回 単語の旅

東北大学

2016/05/13 09:48

第5回 単語の旅

単語は、第3回目と第4回目のように、シニフィエに注目して異なる言語間で比較することもできますが、シニフィアンに注目して1つの言語の中で比較することもできます。

最終回となる今回は、英語の聞き手を表す単語(2人称代名詞)について、時間的・空間的に検討してみましょう。やや専門的になりますが、皆さん、ついてきてくださいね。(注:シニフィエとは記号の意味面、シニフィアンとは記号の音声面をいいます。)

現代英語のyouの大きな特徴は、聞き手が単数でも複数でも使えるという点です。例えば、

We’re happy to have you here. (来てくださってありがとう)

この文は単数の相手(「あなた」)にも複数の相手(「あなたたち」)にも使えますね。

英語は数(すう)(Number)の区別をする言語であり、1人称代名詞ではIとwe, 3人称代名詞ではhe/she/itとtheyというように単数と複数で異なる単語を使います。

普通名詞の場合はtreeとtreesのように接辞 (affix) を用いて単複を区別します。とすると、youは「数の区別をしない」のではなく、「聞き手+単数」というシニフィエと「聞き手+複数」というシニフィエに対して同一のシニフィアンを使っていると考えるべきです。

シニフィアンとシニフィエのこのような対応を融合(syncretism)と呼びます。この場合は数の区別が問題ですので、Number syncretismです。

歴史をさかのぼってみると、英語は昔から融合型の2人称代名詞を使っていたわけではないことがわかります。表1と表2を比較してみましょう。表1は現代英語の主格人称代名詞の一覧、表2は古英語(こえいご) (Old English; おおよそA.D. 700-1100年ごろの英語) の主格人称代名詞の一覧です。

表1 現代英語の主格人称代名詞


表2  古英語の主格人称代名詞


表1と表2の「2人称」の列をよく比べてみてください。
2人称(主格)は現代英語では単数でも複数でもyouという融合型ですが、古英語では、単数の場合はþū, 双数の場合はgit, 複数の場合はgēという異なる単語を使っていたとわかります。

双数(Dual)とは、複数(Plural)のうち、「2」だけを取り出したもので、gitは「あなた方お二人」を表します。
古英語では、「聞き手」を数に応じて下位分類し記号化していた、とわかりますね。

それでは、もともとはþū, git, gēという3単語だった「聞き手」の記号が、どのようにしてyouという1単語に変化したのでしょうか? 流れは次の通りです。

1. 双数と複数という区別が失われる。結果、git(双数)が消失。
2. þū(単数)はthouになり、gē(複数)はyeになる。
3. 敬意表現として単数の聞き手に対しても複数形を使用したことから、ye(やがてyou)
が単複両方の形式として一般化される。

簡潔に言えば、元来は複数形だったものが単数形も兼ねる記号に一般化された、ということです。類例として、日本語の「こども」があります。これはもともと「子」+「ども(複数)」だったわけですが、現在では1人の子についても使えますね。

このようにして成立した現代英語のyouですが、アメリカでは「歴史を巻き戻す」かのような変化が起こりつつあることが、Tillery, Wikle, and Bailey (2000) “The Nationalization of a Southernism.” という論文で紹介されています。

Southernismとは、アメリカ南部の方言のことです。アメリカ南部英語では、表3のように、2人称についても単数と複数で異なる単語を使います。表1の標準英語と比較してみてください。

表3 現代アメリカ南部英語の主格人称代名詞


アメリカ南部英語が単数のyouと複数のyall, you-allを区別することは昔から知られていたのですが、Tilleryらの発見は、20世紀後半以降、この区別がアメリカの南部以外の地域にも急速に広がりつつあるという事実です。

特に、yallについて南部以外での使用状況を調べてみると、南部にゆかりがあるとか、南部に住んでいたことがあるといったこととは無関係に、若い世代ほどyallをよく使うことがわかりました。Tilleryらは、yallの拡散は「2人称複数」という記号そのものの有用性に駆動されているのだろうと結論しています。

つまり、一度は融合型になった聞き手の記号を、単数か複数かに応じて改めて区別しようという動きが生じているわけです。

英語の単語がたどってきた旅、いかがだったでしょうか。

今回見たのは、「聞き手・単数」「聞き手・複数」というシニフィエをいかなるシニフィアンと結びつけるか、という問題です。シニフィエとシニフィアンの結合が話者の社会的慣習であるとすれば、英語という同じ1つの言語でも、時間や空間に応じて結合の仕方に違いが生じるのは当然であるともいえるでしょう。単語という記号は、生きてそれを使う人々の選択なのです。

<もっと知りたい人のために>
家入葉子『ベーシック英語史』ひつじ書房,2007年.

プロフィール
長野 明子(ながの あきこ)
東北大学大学院情報科学研究科准教授
単語の構造・歴史・使用、単語を作り出す方法(語形成)について、英語を中心に研究している。
主著に Conversion and Back-Formation in English (Kaitakusha, 2008).
趣味 映画・音楽鑑賞、ラグビー・相撲・マラソン観戦、カレー屋めぐり