- お肉とペットはどう違う? 動物と倫理学「第1回 子イヌ、子ネコ、子ウシ、子パンダ。仲間外れは?」
- お肉とペットはどう違う? 動物と倫理学「第2回 道徳と幸福について考える」
- お肉とペットはどう違う? 動物と倫理学「第3回 動物について、倫理学の観点から問題になること」
- お肉とペットはどう違う? 動物と倫理学「第4回 お肉は(なぜ)食べてよいのか?」
お肉とペットはどう違う? 動物と倫理学「第5回 動物を道徳的に扱うべきなのか?」
東北大学
2016/11/01 11:37
お肉とペットはどう違う? 動物と倫理学「第5回 動物を道徳的に扱うべきなのか?」
肉食は道徳的に悪である、これが前回のお話でした。じゃあ植物も食べられないではないか――という反論への答えもすでに見ました。では、他にどんな反論があるでしょう?
まず、肉を食べないと生きていけない、というのは間違いです。いくつかの栄養素(ビタミンB12やDなど)は不足しがちなので注意が必要ですが、きちんと気をつけてさえいれば十分に健康な生活を送れます。アメフトなどのプロスポーツ選手だっているくらいです(ちなみに、怪力で知られるゴリラは、肉を食べません)。
家畜は家畜なのだから食べられても仕方ない、そういうものなのだ――という議論の仕方は、けっこう危険です。同じやり方で、いろんな差別が擁護できてしまうからです。女は女なのだから、黒人は黒人なのだから、差別されても仕方ないのだ……みたいに。
黒人は知的能力などで劣ってはいないから平等に扱うべきだが、動物は知的能力が劣っているではないか、と言われるかもしれません。お気づきの方もいるでしょうが、このやり方も危険です。知的能力が劣っているなら殺してもよい、のだとすると、乳幼児や重度の認知症患者も殺してよいことになってしまうからです。
この「同じやり方で、別の差別が擁護できてしまう」というのは、動物へのひどい扱いを正当化しようとするときに嵌りがちな落とし穴です。「肉食は伝統だ」といった反論も、この落とし穴にすっぽりと落っこちます(他にはどんなものがあるでしょう?)。
動物にとっての善し悪しを人間が決めるなんて傲慢だ、イヌに服を着せるのは人間の自己満足かもしれないとお前も言っていたじゃないか、と言われるかもしれません。
でも、「痛いのがいやか」と「服を着せられるのがいやか」はまったく別のことです。みなさんも、友達が「この贈りものを喜ぶか」分からないからと言って、「だから、痛いのがいやなのかも分からない」とは言わないでしょう。気持ちを推測するのにも、ほぼ確実に正しいことと、正しいかどうか分からないことがある、というだけのことです。
じゃあ苦痛を与えずに殺せばよいではないか。――そうなのかもしれませんが、そうだとすると、いまスーパーや肉屋で手に入るお肉を買うことはできないでしょう。そうした肉のもとであるウシやブタは、そんなに手間ひまをかけて、苦痛や恐怖を与えないようにして殺されたわけではないからです(だからあんなに安いのです!)。
ちなみに、「じゃあこれからは感謝して食べよう」というのは、話がすれ違ってしまっていることにご注意ください。問題は苦痛であって、それが減ったりなくなったりしないと意味がありません。食べるときに感謝しても、殺されるときの苦痛は減らないのです。
まだまだたくさんありますが、このくらいにしておきます。動物倫理はまだ新しい分野で、いまも議論は継続中です。この連載を読んでいろいろ気になった方は、ぜひ、「動物倫理」とか「工場畜産」とか「ベジタリアンメニュー」などで検索したり、以下で紹介する本を読んだりしてみてください。
この連載を通じて、みなさんが、ベジタリアンとか、動物倫理とか、動物の権利といった言葉を、一部の(動物が好きすぎる)変わった人たちがしているだけのことと思わないようになっていれば、とても嬉しく思います。
■参考文献とコメント:
マンガで学ぶ動物倫理:わたしたちは動物とどうつきあえばよいのか
http://amzn.to/2cXKSnx
この連載で紹介した以外にも、動物倫理では数多くのことが問題になります。この本は、動物倫理ではどんなことが、どんなふうに問題になっているのかを、マンガと簡潔な解説とでかなり包括的に紹介してくれています。最後についているブックガイドや映画ガイドも充実。
動物を守りたい君へ
http://amzn.to/2daebxv
新しい分野のことを知りたいとき、私はよく中高生向けの新書を読みます。名著がたくさんあるからです。これもそのひとつで、動物を道徳的に扱うということがもつ複雑さを、複雑なままに、しかしとても分かりやすく説明してくれています。
動物の権利
http://amzn.to/2dhMKqh
残念ながら絶版ですが、図書館や古本屋、古書サイトなどで探してみてください。動物倫理を理論的にきちんと展開したもののなかではいちばん読みやすく、かつコンパクトにまとまっています。
【プロフィール】
村山達也、東北大学准教授(倫理学)。専門はフランス哲学、倫理学。若い頃は「三〇才以上のやつは信じるな」という言葉に共感していましたが、自分が三〇才を過ぎたら自分が信じられなくなってしまいました。最近はゆらゆら帝国と坂本慎太郎のアルバムをよく聴いています。
[バックナンバー]
お肉とペットはどう違う? 動物と倫理学
第1回 子イヌ、子ネコ、子ウシ、子パンダ。仲間外れは?
第2回 道徳と幸福について考える
第3回 動物について、倫理学の観点から問題になること
第4回 お肉は(なぜ)食べてよいのか?
肉食は道徳的に悪である、これが前回のお話でした。じゃあ植物も食べられないではないか――という反論への答えもすでに見ました。では、他にどんな反論があるでしょう?
まず、肉を食べないと生きていけない、というのは間違いです。いくつかの栄養素(ビタミンB12やDなど)は不足しがちなので注意が必要ですが、きちんと気をつけてさえいれば十分に健康な生活を送れます。アメフトなどのプロスポーツ選手だっているくらいです(ちなみに、怪力で知られるゴリラは、肉を食べません)。
家畜は家畜なのだから食べられても仕方ない、そういうものなのだ――という議論の仕方は、けっこう危険です。同じやり方で、いろんな差別が擁護できてしまうからです。女は女なのだから、黒人は黒人なのだから、差別されても仕方ないのだ……みたいに。
黒人は知的能力などで劣ってはいないから平等に扱うべきだが、動物は知的能力が劣っているではないか、と言われるかもしれません。お気づきの方もいるでしょうが、このやり方も危険です。知的能力が劣っているなら殺してもよい、のだとすると、乳幼児や重度の認知症患者も殺してよいことになってしまうからです。
この「同じやり方で、別の差別が擁護できてしまう」というのは、動物へのひどい扱いを正当化しようとするときに嵌りがちな落とし穴です。「肉食は伝統だ」といった反論も、この落とし穴にすっぽりと落っこちます(他にはどんなものがあるでしょう?)。
動物にとっての善し悪しを人間が決めるなんて傲慢だ、イヌに服を着せるのは人間の自己満足かもしれないとお前も言っていたじゃないか、と言われるかもしれません。
でも、「痛いのがいやか」と「服を着せられるのがいやか」はまったく別のことです。みなさんも、友達が「この贈りものを喜ぶか」分からないからと言って、「だから、痛いのがいやなのかも分からない」とは言わないでしょう。気持ちを推測するのにも、ほぼ確実に正しいことと、正しいかどうか分からないことがある、というだけのことです。
じゃあ苦痛を与えずに殺せばよいではないか。――そうなのかもしれませんが、そうだとすると、いまスーパーや肉屋で手に入るお肉を買うことはできないでしょう。そうした肉のもとであるウシやブタは、そんなに手間ひまをかけて、苦痛や恐怖を与えないようにして殺されたわけではないからです(だからあんなに安いのです!)。
ちなみに、「じゃあこれからは感謝して食べよう」というのは、話がすれ違ってしまっていることにご注意ください。問題は苦痛であって、それが減ったりなくなったりしないと意味がありません。食べるときに感謝しても、殺されるときの苦痛は減らないのです。
まだまだたくさんありますが、このくらいにしておきます。動物倫理はまだ新しい分野で、いまも議論は継続中です。この連載を読んでいろいろ気になった方は、ぜひ、「動物倫理」とか「工場畜産」とか「ベジタリアンメニュー」などで検索したり、以下で紹介する本を読んだりしてみてください。
この連載を通じて、みなさんが、ベジタリアンとか、動物倫理とか、動物の権利といった言葉を、一部の(動物が好きすぎる)変わった人たちがしているだけのことと思わないようになっていれば、とても嬉しく思います。
■参考文献とコメント:
マンガで学ぶ動物倫理:わたしたちは動物とどうつきあえばよいのか
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この連載で紹介した以外にも、動物倫理では数多くのことが問題になります。この本は、動物倫理ではどんなことが、どんなふうに問題になっているのかを、マンガと簡潔な解説とでかなり包括的に紹介してくれています。最後についているブックガイドや映画ガイドも充実。
動物を守りたい君へ
http://amzn.to/2daebxv
新しい分野のことを知りたいとき、私はよく中高生向けの新書を読みます。名著がたくさんあるからです。これもそのひとつで、動物を道徳的に扱うということがもつ複雑さを、複雑なままに、しかしとても分かりやすく説明してくれています。
動物の権利
http://amzn.to/2dhMKqh
残念ながら絶版ですが、図書館や古本屋、古書サイトなどで探してみてください。動物倫理を理論的にきちんと展開したもののなかではいちばん読みやすく、かつコンパクトにまとまっています。
【プロフィール】
村山達也、東北大学准教授(倫理学)。専門はフランス哲学、倫理学。若い頃は「三〇才以上のやつは信じるな」という言葉に共感していましたが、自分が三〇才を過ぎたら自分が信じられなくなってしまいました。最近はゆらゆら帝国と坂本慎太郎のアルバムをよく聴いています。
[バックナンバー]
お肉とペットはどう違う? 動物と倫理学
第1回 子イヌ、子ネコ、子ウシ、子パンダ。仲間外れは?
第2回 道徳と幸福について考える
第3回 動物について、倫理学の観点から問題になること
第4回 お肉は(なぜ)食べてよいのか?