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「災害の神話学」第2回 大洪水の記憶

東北大学

2016/07/26 10:06

第2回 大洪水の記憶

地震による津波のほか、大雨や川の氾濫によっても、大洪水になることがあります。世界に伝わる洪水神話のうち、とくに有名なのは『旧約聖書』創世記に出てくるノアの方舟(はこぶね)でしょう。

〈ノアの方舟の起源〉

義(ただ)しい人間として、来たるべき洪水のことを神から教えられたノアは、動物たちとともに方舟に乗り込み、難をのがれます。そして水が引いたかどうか確かめるため、鳥を放ったと言われます。まず彼はカラスを放ちましたが、それはすぐに戻ってきました。地上から水が乾く前だったからです。

次にノアはハトを放ちますが、足を休める場所がなく、一度は舟に戻ってきました。しかし「その後、さらに7日待って、ふたたび彼はハトを方舟から放った。夕方、ハトは彼のもとに戻って来た。みると、オリーブの若葉をそのくちばしにくわえていた。そこでノアは、地上から水がなくなったことを知った」と言います。

じつは、この話には原型があります。古代メソポタミアに、早くから洪水神話が知られていたのです。たとえば『ギルガメシュ叙事詩』では、6日7夜にわたって、風が吹き、大洪水と暴風が大地をおおいました。方舟に乗って助かったウトナピシュティムという人は、水が引いたかしらべるため、やはり鳥を放ちます。

初めにハトを放ったが、休み場所が見あたらずに舞い戻ってきた。次にツバメを放ったが、やはり戻ってきた。最後にカラスを放つと、水が引いたのを見て、もはや引き返しては来なかった、と言います。

ちなみに、この賢人ウトナピシュティムのもとへはるばる出かけて行き、不死の霊草を手に入れたのがギルガメシュ王です。しかしその草は帰り道、蛇に食べられてしまいます。人は死すべき運命だと、ギルガメシュは知るのでした。

〈ギリシャの洪水神話〉

ギリシャ神話にも似た話があります。プロメテウスの息子デウカリオンは、妻のピュラとともに方舟に乗り込み、大洪水の中を9日9夜ただよった後、山上に着いて助かりました。その後、「大地の骨」つまり石を肩越しに背後へ投げたところ、デウカリオンの投げた石は男に、ピュラの投げた石は女になったと伝えられます。

ギリシャ語で「人々」を意味する「ラーオス」と、「石」を意味する「ラーアス」の語呂合わせ、という説もありますが、真偽のほどはどうなのでしょう。

〈東北地方の津波の記憶〉

もっと身近な所にも洪水の伝承はあります。宮城県多賀城市にある末の松山という高台には、むかし大津波があった時、こさじという名の娘がここに登って命拾いしたと言われています。

これは人々の記憶にもとづく話かもしれません。東日本大震災で起きた津波も、ここまでは及びませんでした【写真】。高台の下にある観光用


末の松山(宮城県多賀城市)

災害の神話は単なる絵空事ではなく、人々が体験や記憶を後世に残そうとして、語り伝えてきた面もあるのではないでしょうか。
次回は「第3回 天から火の雨が降ってくる」です。
次配信日程:7月27日(水) 予定

【プロフィール】
山田 仁史
東北大学大学院文学研究科准教授
宗教民族学の立場から、人類のさまざまな神話や世界観を研究中。
著書に『首狩の宗教民族学』(筑摩書房、2015年)がある。
ブログ「buoneverita」
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