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【災害の神話学】第4回 雪と氷におおわれた世界

東北大学

2016/07/28 09:49

第4回 雪と氷におおわれた世界

北国にお住まいの読者なら、雪や氷、そして寒さがどれだけ怖いか、ご存じでしょう【図】。これらがもたらす災いも、神話に多く語られています。


フリードリヒ「氷の海」

〈シベリアの雪嵐〉

シベリアの東端、チュコト半島に住むチュクチ族の間には、太古の大雪嵐に関する神話があります。それによると……。

原初には一人の男と一人の女だけが創られ、すべての人間は彼らに由来すると言われている。しかし人々は、時とともに非常に邪悪になった。そこでカミが罰として、大地にひどい雪嵐を起こさせた。これによりほとんどの人間が死に、生き残った者たちは分散し、大地は裂けて、広く分け放たれた。

これは極寒の世界に生きる人々の、実感をこめた語りであったことでしょう。

〈雪におおわれた世界の終末と再生〉

似たような世界観は、北アメリカ五大湖周辺のオジブワ族にも伝えられていました。19世紀半ばに記録された神話には、次のように語られます。

世の初め、人々は今と同じように暮らしていた。ところが、ある冬にそれまでなかったことが起きた。雪が降り積もり、地上は埋もれてしまって、いちばん高いモミの木の梢だけが見えていた。地上はすっかり氷原になり、寒さと飢えでみな死にそうだった。急がないと、世界が消滅するのは明らかだった。

このとき、動物の中でいちばん機敏なリスが、いちばん高いモミの木の梢に登り、天蓋に穴をあけたところ、これが太陽になった。ところが、クマが熱という熱を袋に入れ、独り占めしてしまった。

トナカイとハツカネズミが熱の袋を奪いとり、これを開いて熱を逃がした。すると熱は地上に広がり、大量の雪をたちまち溶かしてしまった。それどころか、一難去ってまた一難、今度は大洪水が起きてしまった。

とまあ、災害につぐ災害が語られるのですが、最後には動物たちが水中から土を取り戻し、大地を造りなおした、と結ばれます。めでたし、めでたし。

〈始原と終末の対応関係〉

興味深いのは、こうした災害の神話は、世界の始まりにあったと言われたり、未来にやってくると不気味な予言として語られたりすることです。始原と終末はふしぎにも対応するのです。

たとえばゲルマン神話の雄大な〈神々の黄昏(たそがれ)〉は、世界の終末を次のように語っています。

神々の最後の戦いは、きびしいフィムブルの冬から始まる。その時は雪が世界の四隅から吹きつけ、風は吹き荒れ、霜はすべてのものに食い入り、太陽には少しの熱もなくなる。しまいに全世界は燃え上がり、その後から緑の大地が再生する。

この描写は、『スノリのエッダ』にある始原状態に対応します。それによれば、氷のように冷たい霜のしずくが凝固して、人の姿となり、霜の巨人族が生まれたと言います。

人はおそろしい終末のビジョンを、はるか遠い太古の世界にも、投影してきたのでしょう。


次回は「第5回(最終回) 酷暑はヒトを滅ぼすか」です。
次配信日程:7月29日(金) 予定

【プロフィール】
山田 仁史
東北大学大学院文学研究科准教授
宗教民族学の立場から、人類のさまざまな神話や世界観を研究中。
著書に『首狩の宗教民族学』(筑摩書房、2015年)がある。
ブログ「buoneverita」
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