アナ・ログ

マイ○○

佐藤 拓雄

2009/05/29

会社で使っている、マイ○○の数々です。
マイバッグは今や当たり前になりつつある時代、マイカップ、マイ水筒、マイ箸もそれほど珍しくないような気がしますが、これはどうでしょう?マイからし&マイわさびです。

現在の仙台放送本社は、大年寺山の旧社屋とは違い、周辺にお昼を食べるところはあります。ですが、僕は、ほとんどの場合、持参した弁当か、近くのスーパーやパン屋で買ったものをデスクで食べています。時間がない、というより、デスクで食べるほうがなんとなく好き、というだけです。マイ弁当は、節約にもなりますしね。

で、そんな昼ごはん生活に欠かせないのが、このマイからし&わさび。もともと、とんかつ、シューマイには絶対からし、ステーキにはわさび、というように、何かというと、からしやわさびをつけるのが好きなのですが、デスクでお昼ご飯、となると、なかなか持ってこられない。ならば、冷蔵庫に入れときゃいいんだ、というだけのことです。おかげで、ピリリとメリハリの利いたお昼を食べることができます。小さな贅沢というやつです。というか、自己満足です。
でも、この「デスクご飯」におけるマイ○○は、追求していくとキリがなさそうです。マイしょうゆ、マイドレッシング、マイ塩、マイこしょう。そのうち、マイぽん酢とか?さすがにぽん酢は使わないか。

原アナウンサーは、今ハマっているあることについてのお話だそうです。

遠足の思い出

佐藤 拓雄

2009/05/19

高尾山。東京都八王子市にある標高600メートルほどの山です。「ミシュランガイド」に載ったことで、このところやけにテレビで目にするようになりました。登山客がわんさか訪れて大混雑になっているとか。確かに都心から近くてお手軽ではありますが、そこまでありがたがる山でもないと思うんだけど。
というのも、高尾山は僕のかつての地元と言ってもいい山で、中学時代の遠足が高尾山でした。八王子市の隣、多摩市から揃いのジャージ姿で大挙して京王線に乗り、「高尾山口駅」(「たかおさんぐちえき」と読みます)から頂上までひたすら歩き、弁当を食べて下山するという遠足でした。シンプル…。
遠足以外でも、何度も家族で出かけた思い出のある山でもあります。そう言えば、自分が親になってから家族で登山に行ったことってないなあ。
話がそれましたが、この高尾山登山遠足で学んだことで、今でも忘れないことが一つあります。
「登山は降りるときの方がキツイ」
ダメですか?ダメでもなんでもいいんですが、ともかく、この時、生まれて初めて「ひざが笑う」という感覚を味わいました。友達と競いながら下りたということもあったのでしょうが、600メートルの高尾山でも、なめたらいけません。
なめたらいけない、と言えば、テレビでは、道を間違えて遭難しかかった人とか、家族とはぐれた人とか、頂上でビールをガンガン飲んだり、バーベキューに興じたりする人たちが映されていましたが、ミシュランに載ったからって、都心から1時間だからって、600メートルだからって、山は山です。近所を散歩するのとはワケが違うんです。
ちなみに、大好きなドラマ「ふぞろいの林檎たち」で、高尾山に登るシーンがあります。「ワンゲル同好会オリーブ」の活動という名目ですが、お目当ての手塚理美と石原真理子が来ないことが分かって、時任三郎と柳沢慎吾がドタキャン。中井貴一が不本意ながら中島唱子と二人きりで登山するというお話でした。行きも帰りも京王線に乗ってたなあ。
以上、遠足の思い出でした。

(写真)新緑の季節、仙台放送前も緑が実にきれいです。

寺田さんは、いつ頃の遠足の思い出でしょうか。

ゴールデンウイーク

佐藤 拓雄

2009/04/28

数えてみると、仙台放送に入社してから17回目のゴールデンウイークを迎えることになります。この17回、一度もカレンダーどおりに休んだことがありません。
と言うと、お忙しいんでしょうね…という声が聞こえてきそうですが、そういうわけでもありません。忙しくても忙しくなくても、常にゴールデンウイークのお休みは土日だけ。忙しいからゴールデンウイークがないのではなく、テレビ局は、もともとカレンダーどおりの休みということになっていないのです。
理由はよく分かりませんが、民放テレビ局の番組編成は、土日は平日と違いますが、祝日は平日どおり。ですから、僕たちも、祝日は平日どおりに仕事をすることになります。なので、ゴールデンウイークといえども、土日以外はいつもどおり、明日29日も、僕にとってはいつもの水曜日です。
ただし、この「祝日は平日」、ニュースの番組上には、いろいろ影響があります。例えば、官公庁はお休みなので、官公庁発のニュースは祝日はまずありません。企業や学校もお休みですから、「世の中」の動きがあまり多くありません。休日の人は遊びに出かけていたり、普段は夕方のニュースの時間には仕事をしているという人が家にいたりします。ニュースがなくなることはありませんが、いろんな意味で、平日とは違います。それでも、テレビ局は「祝日=平日」。少なくとも僕が知る限りずっとそうです。
ちなみに、NHKは「祝日は祝日」という番組編成。僕たち民放テレビ局でも、報道と番組制作以外の部署は、「祝日は祝日」として休みをとっています。

次回は浅見さんです。浅見さんのゴールデンウイークは?

春といえば

佐藤 拓雄

2009/04/08

春といえば、僕にとっては、もちろん花粉症との戦いの季節。暖かくなってきたここ最近は、くしゃみの回数も、鼻水の量も、やはり多くなってきました。あと3週間くらいの辛抱かな…。
でも、こんな話を書いてもしょうがないので、別の話にします。

「ハル」と聞いて、花粉症の次にイメージしたのが、「(ハル)」という映画でした。と言っても、僕は映画そのものは見ていません。ノベライズを読んで、すごく印象に残ったのと、なぜか妻がパンフを持っていたのでイメージが膨らみ、見たような気になっているのです。
映画としては、1996年の作品です。森田芳光監督。主演・深津絵里、内野聖陽。
ご存知の方には、「知ってるよ」という話になってしまいますが、パソコン通信で知り合った人たちの話です。ここがミソなのですが、「パソコン通信」です。インターネットではないのです。
なにしろ、1996年の作品です。ウインドウズ95が発売されたのが、その前年、1995年。「インターネット」という言葉が、今みたいに当たり前でない時代です。パソコンも、携帯も、持っている人のほうが少ない時代です。ちなみに僕が初めてパソコンを買ったのが、この1996年。初めて携帯を買ったのも、やはり1996年。最初のパソコンはCANONのノートで、ハードディスクがたったの1GB。でも当時はこれがかなりの大容量でした。値段は20数万円しました…。
えー、話がそれてしまいましたが、インターネットではなく、パソコン通信。今で言う掲示板みたいなものの一つに、「会議室」というのがあって、そこで匿名の人同士がやりとりするという、そのやり取りを中心に物語が進んでいくのが、この「(ハル)」という映画でした。
台詞の代わりに、「>」という引用符や絵文字の付いた、会議室への書き込み、やり取りが頻繁に出てきます。その手法が、当時の僕には、とても新鮮で、斬新に思え、印象深かったのです。
で、今これを振り返ってみると、「電車男」なんてまさにこんな手法で、「(ハル)」がいかに早いか、ということを感じます。
ちなみに「(ハル)」とは、主人公のハンドルネーム。本名の(ハヤミノボル)と打って、真ん中を消していったら(ハル)になったという話でした。じゃあ俺は(サオ)?ダメだこりゃ。というのが当時考えたこと。

次は浅見さん、どんな春ですか?

デビュー

佐藤 拓雄

2009/03/27

WBC、日本連覇の余韻が残る中、このスコアボードに見覚えありませんか?
行ってきました!WBC・ラウンド2の試合会場、アメリカ・サンディエゴは、ペトコパークですっ!
…っても、1年半前ですけどね。すみません。

さて、以前、「旅行」というお題のときに、アメリカNBA観戦デビューのことを書きました。「近頃○○が気になります」というお題では、やはりアメリカの4大スポーツのひとつ、NFL観戦デビューの話をしました。
しかし、残念なことに、メジャーリーグの観戦デビューは、いまだ果たしていないのです。

この写真のときは、シーズンオフの10月末で野球はやっていなかったのですが、第1回WBC決勝の地、ということで、ぜひ球場だけでも見てみたいと訪れました。右中間スタンドはゲートらしきものは何もなく、出入り自由。まるで公園の続きのようで、何の違和感もなく、グランドぎりぎりのこんなところまで行って写真が撮れてしまいました。この部分は砂地で、子どもの遊び場だとか。
それから、スコアボードの左下にちょっと写っている「ウエスタン・メタルサプライ」という会社の建物は、韓国戦で内川選手がホームランを打ち込んだところです。今回のWBCの中継でも紹介されていましたが、もともと建設予定地にあって解体予定だったものを球場に組み込んで観客席の一部にしてしまったといいます。なかなか洒落ていますよね。
「ボールパーク」ってこういうのなんだろうなあ、と思わせる雰囲気がありました。その意味では、楽天のKスタもなかなか頑張っているなあとも感じました。

10年以上前には、ボストン・レッドソックスの本拠地のスタジアムを、夜中に外から眺めたことがありました。松坂投手の入団ですっかりおなじみになりましたが、レフトにグリーン・モンスターという大きなフェンスがある球場です。このときも11月上旬のシーズンオフ。まあ、当時の最優先事項はバスケットボールだったので、特別残念にも思わなかったのですが、自分の中での野球熱は年々高まるばかりです。

メジャーリーグ観戦デビューをいつかは果たしたい、野球少年の息子と「ボールパーク」を満喫し、7回に「テイク・ミー・アウト・トゥ・ザ・ボールゲーム」を歌ってみたい、という夢を、今のところ自分の心の中だけでそっと温めています。

続いては、原アナウンサーです。

合格発表

佐藤 拓雄

2009/03/12

はい。宮城マスター検定は僕も2級です。

特に意味はありませんが、「仙台放送前」バス停を撮ってみました。後ろの建物が仙台放送。文字通り、目の前です。

さて、合格発表。
大学に入るまでは東京に住んでいたのですが、東北大学の合格発表は、わざわざ仙台まで見に来ました。すでに合格した私立の入学金納付の締め切りがちょうどその日だったから、というのが理由だったと記憶しています。でも、実際には、その入学金は親がその前に納めてくれていました。「締め切り当日の納付では、何か手違いがあったら大変」という親心です。本当に感謝しかありません。
なのにわざわざ仙台へ見に行ったのは、一つは、少しでも早く見たかったということ。インターネットなんてない時代。「レタックス」というFAX+電報のようなものがありましたが、見に行った方が早い。もう一つは、福島県郡山市に住む祖父母を訪ねてきなさい、というこれまた親心でした。
片平キャンパスで合格を確認し、NTTの臨時公衆電話に並んで親に報告(携帯電話もない時代です)、すぐさま新幹線で郡山へ。
祖父母宅の玄関先で靴も脱がないまま「おじいちゃん、東北大に受かったよ!」と報告すると、その言葉にかぶるぐらいのタイミングで祖父が言ったのは、「うん、見たぞ、文学部、○○番、佐藤拓雄。あった」。「・・・はあ???」なぜ祖父がすでに知っているのか?母から電話があったのか?それにしても受験番号までなぜ知っているのだ?
そのわけは、「東北大学合格発表」という名のテレビの特番でした。当時、そんな信じられないような特番が存在したのです。おそらく東北各県にネット放送していたのを祖父が見たのでしょうが、そんな番組があることすら知らなかった僕には、かなりカルチャーショックでした。
後で知ったのですが、合格発表の掲示板を延々映し続けていくという、スペクタクルな内容。そんな番組が成立したのも、今では考えられないことですが、当時は、合格者の受験番号のみならず氏名、出身県まで貼り出されていたからです。個人情報丸出しです。今は掲示板すらないそうで…
でも、おかげで祖父母を早く喜ばすことができました。
そんなわけで、僕は、合格発表というと、この日の祖父とのやりとりをまず思い出すのです。

続いては金澤アナウンサー。「親切な」周囲の人たちのおかげで、感激が半減したとか?

一番緊張したこと

佐藤 拓雄

2009/03/04

またこの季節がやってきました。花粉です。マスクにメガネ、防備体制を整えますが、憂鬱です。思わず眉間にしわが。

さて、「緊張」と「緊張感」は違うものだと僕は思っています。頭が真っ白になったり、足が震えたり、口の中が乾いたりするようなのが「緊張」、身が引き締まるようなのが「緊張感」。もっと簡単に言うと、頭がカッカしているのが「緊張」、クールなのが「緊張感」ということかな。「緊張感」は必要なものですが、「緊張」はないほうがいいもの。

前置きが長くなりました。
今から10年ちょっと前、長男が生まれたとき、出産に立ち会いました。初めての出産、なんとなくのイメージしかないまま、病室と分娩室で陣痛に苦しむ妻の腰をさすり続けました。陣痛開始から13時間、ついにこの世に姿を現したわが子。妻の背後からまず見えたのは、当たり前ですが後頭部と背中でした。そのときの率直な実感は、感動・感激というものとはちょっと違い、「あ、ヒトだ」。次に思ったのが、「一人増えたんだなあ」ということ。人が誕生するということは、人が一人増えるということ、なんと重たいことなんだ、ということ、そして、人(母親)から人(赤ん坊)が出てくるという生命の不思議を、ずしーんと感じました。このときの身が引き締まる思い、緊張感は、今も忘れることができません。さらにその2年後には長女が誕生。このときも出産に立ち会いましたが、やはり同じ感覚を持ちました。背中のあたり、つまり肌が見えると「あー、ヒトだ」って思うみたいです。
なんだかとりとめがありませんが、僕にとって、子ども二人の出産に立ち会えたことは、親としての自覚、責任、そして緊張感を持たせてくれる実によい機会となりました。
とはいえ、時間が経つにつれて、そのかわいい姿に、緊張感はどこへやら、ニヤニヤしっぱなしのバカ親に変身したこと、そして、子どもたちが成長してきた今は、子どもを叱っては自己嫌悪に陥るダメ親であることも、正直に書いておきます。トホホ。

このテーマ、ラストは早坂アナウンサー。出射アナウンサーの退社で席替えがあり、デスクが向かいになりました。

私の最新ヒットソング

佐藤 拓雄

2009/02/05

先週土曜日、札幌への出張がありました。全国的な悪天候で、飛行機がなかなか飛ばず、仙台空港で1時間半近く待たされました。同じ時間帯、空港で足止めを食っていたのが、楽天イーグルスの皆さん。キャンプ地久米島への出発の日だったのです。飛行機が遅れたおかげで、出発セレモニーを遠くからのぞくことができました。写真がそれです。

さて、気に入って何度も何度も「ヘビーローテーション」で聴いてしまう曲、耳にこびりついて離れない曲、そういう曲ってありますよね。世間のヒットチャートとはまた別に、それぞれにその時期その時期でのヒットソングというものがあるはずです。
今回のアナ・ログは、各アナウンサーのそんな「個人的最新ヒットソング」についてです。

多くの方もそうかもしれませんが、僕の場合、ドラマの主題歌が「最新ヒットソング」になりがちです。12月までの「ヒットソング」は、嵐の「Beautiful Days」でした。ドラマ「流星の絆」の主題歌。東野圭吾原作の小説を、クドカン脚本でドラマ化。原作の筋をきっちり守りながら、ドラマのテイストを完全に「クドカン化」してしまっていました。お見事!としか言いようがありません。タイトルバックの映像はクドカンが作ったわけではないでしょうが、これも素晴らしい出来で、そこに流れる「Beautiful Days」はグッときました。11月12月は、実にヘビーローテーションで聴いた曲です。
残念ながら、この1月からのドラマは、見るものが少なく、「ありふれた奇跡」と「トライアングル」のみ。しかし、どちらの主題歌も、ピンと来ません。僕にはヒットしてきませんでした。
今一番よく聴いているのは、ミスチルの「HANABI」。クリスマスに妻からもらった最新アルバムに入っていました。今再放送中のドラマ「コード・ブルー」の主題歌ですが、このドラマは本放送の時には見ていなかったので、今頃「最新ヒットソング」になっているのです。詩が哲学的、思索的、内向的なところがよいです。ミスチルの最近の一つの傾向ですよね。それにしても難しい歌だなあ。早口言葉みたいなところも多いし、メロディへの詩の乗っけ方が難易度高し。とてもカラオケでは歌えそうにありません。

続いては、寺田アナウンサーの「最新ヒットソング」です。

寒い日のお仕事

佐藤 拓雄

2009/01/28

インフルエンザ流行中。仙台放送社内もマスク着用なかば義務付け状態です。ちょっと異様な光景ですが、仕方ありません。

さて、もう12年も前になってしまうんですね。1997年の1月22日、僕は東京・霞ヶ関で、マイクを片手に何時間も立っていました。入社4年目。20代、独身。「ペーペー」です。そういう仕事が回ってきがちな年代です。
なぜそんなところに立っていたのか。ある人にマイクを向け、声を撮るよう命じられていたためです。「ある人」とは、元仙台市長。いわゆるゼネコン汚職事件で賄賂を受け取ったとして、この日の午前、東京地裁で懲役3年の実刑判決を受けた、その人です。実刑判決を受けたものの、その日のうちに再保釈されることが確実ということで、我々報道陣は、東京地裁の出入り口付近に陣取り、元市長の「一言」を撮ろうと待ち構えていたのです。
ところが、待てど暮らせど、元市長は出てきません。普段は仙台よりは気温の高い東京ではありますが、この日は寒波。冷たい風が吹き荒れる真冬の天気。そんな中、1時間、2時間と時間だけが過ぎ、どんどん体が冷えていきます。正直、東京がこんなに寒いなんて思っていなかった、それほどの寒さでした。
一方で、記者たちからは、まだ裁判所の中にいる、裏から出てくる、もう出て行った、など様々な情報が飛び交い、結局どれも確認が取れません。
…3時間、4時間。座る場所もなく、ひたすら立って待つ。ガタガタ震えながらも待ち続けます。
結局、5時間くらい待ったと記憶しています。陽も傾き始めた頃、「保釈され裏から車で出て行った」という絶望的な情報が確認され、撤収となりました。待ち構えたどの社も撮れなかったことが、せめてもの救いでした。
冷え切った体で新幹線に乗り、仙台に到着すると、そこは年に一度あるかないかのドカ雪。タクシー乗り場は長蛇の列。しかもタクシーはちっとも来ない。ここでまた1時間、震えながら待ったのでした。
帰宅すると、当時住んでいたアパートの外階段は、完全に雪に埋もれていて、膝までの雪をかき分けながら2階の自室に上がりました。
以上、「寒い日のお仕事」の思い出でした。結論も教訓も何もありません。あしからず。

続いては、浅見アナウンサーです。

かつてお年玉で買ったもの

佐藤 拓雄

2009/01/19

僕たち世代が小学生低学年の頃、男の子の憧れのおもちゃのひとつが、「超合金シリーズ」でした。ご存知ですか?マジンガーZをはじめ、ロボットもの・ヒーローもののキャラクターの金属製の人形です。…なんか、こう書くと身も蓋もなく、どこが「憧れのおもちゃ」なのか分かりませんが(笑)、分かる人には分かるはず、そう思って話を続けさせていただきます。
とにかく、その「超合金」、金属の冷たい感じといい、ずっしりとした重量感といい、従来のプラスチックや塩ビのものとは明らかに一線を画していて、すごーく「本物」っぽかった。
値段は、当時で、1,000円から1,500円くらいだったと思いますが、そんなに気安く買ってもらえるようなものではなく、おもちゃ売り場に行く度に、ショーケースに入った「超合金シリーズ」を眺め、これが欲しい、いや、こっちもいい、と買ってもらえるあてもないまま品定めを続けていたものです。
そんな僕がとうとう超合金を手にしたのが、お年玉による買い物でした。
忘れもしない、最初の「超合金」は、「がんばれロボコン」の「ガンツ先生」。お腹のところから「0点」とか「100点」とか、そういう採点の紙が出てくるのが気に入って、これにしました。でもそのあとで、「ロボパー」の方が、ギミックが派手だったことを知り、まさに「ショックのパー!」…分かりませんね。すみません。
その後、懲りもせずに、アオレンジャー、大空魔竜ガイキングの竜、ロボコン、などを買い集め、その度に、アカレンジャーにしておけばよかった、ガイキングに変身する頭の部分のヤツにしておけばよかった、など後悔を繰り返したことを鮮明に覚えています。しかも、ことごとく2歳下の弟が同じものを一緒に買い、別のにすればいいものを、年の近い同性の兄弟の愚かな一面を体験したのも、この超合金でした。

写真は大人になってから買った超合金のマジンガーZ。10年くらい前、大人向けに再発売されたものです。その名も「超合金魂」。「たましい」ですよ。パッケージには「少年の心を持った大人たちへ…」。クーッ、泣かせます。

このテーマ、次がラスト。梅島アナウンサーです。

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