佐藤 拓雄
2025/04/04
進学や就職、引越しなど、これまでの人生で、一体、何回「新生活」があったのだろうと、自分の人生を振り返ってしまいました。
どれもそれぞれに思い出があり、どれも大きな転機で、考えるうち、人生とは「新生活」の繰り返しなのかもしれない、などと哲学めいたことを思いつきました。
さっさと具体的な話に入った方がよさそうですが、私の大きな転機となった「新生活」の一つは、今から36年前(!)、大学入学で仙台へ来たことであるのは間違いありません。
そうでなかったら、仙台で暮らすことはなかったでしょうし、とすると、仙台放送に入ることもなく、妻に出会うこともなく、今の家族はなかったかもしれません。
1989年、平成元年のことです。
仙台の地へ足を踏み下ろしたその一歩は、当時の私にとっては小さいが、私の人生にとっては大きな一歩だ・・・アームストロング船長か!
その仙台で、最初に入った店が、仙台駅前のダイエー仙台店。前回に続いての登場ですが、2月に閉店した、のちのイオン仙台店です。
ここで生活用品をいくつか買って、新生活に備えました。
この時、一緒に来てくれたのは父でした。
先日、父にそのことを覚えているか聞いたところ、はっきり覚えているという答えが返ってきました。仙台に一緒に来たというざっくりした記憶ではなく、ダイエー仙台店のこともはっきり覚えていました。
考えてみれば、第一子を初めて一人暮らしさせた出来事。父親の立場で考えれば、忘れるはずもないことです。私だって、長男と長女のそれぞれの一人暮らし開始は、それぞれに鮮明な記憶があり、親と子にとって、一生忘れ得ない大切な「新生活の思い出」です。
でも、それで真っ先に思い出すのが「ダイエー仙台店」というのは、どうしてでしょうね。人間っておかしいですね。
父とのその話の流れで、当時の父の年齢を考えたら、今の私より少し下でした。
そうか、こういう年齢の時に、父は私を仙台へ送り出したのだな、そして、私が子どもたちを送り出したときの気持ちも思い出しながら、父の当時の心境を思い、また、そうした父との時間は二度と戻らない貴重なものだったことを今さら思い知り、心が温かいような、それでいて少し寂しいような、ちょっと複雑な気持ちになりました。
我が家は、この春、長男と次男が、それぞれ人生の次のステージ「新生活」に進みます。
「新生活」に入るための準備も何かと多く、親もとても忙しいですが、それぞれの「新生活」を親として精いっぱい応援します。(物心両面で(笑))
【写真】は、去年の桜です。今年の桜はまだなので。
このテーマは私が最後でした。
次回からは別のお題で千坂アナウンサーからスタートです。