佐藤 拓雄
2007/08/13
夏休みも後半。児童生徒の皆さん、宿題は、はかどっていますか?というわけで、今回のテーマは、「宿題」です。
写真は、我が家の子どもたちの夏休みの「宿題帳」をちょっと拝借しました。
さて、僕が小学校3年4年のときのことです。担任の先生が出す宿題がやたら多い時期がありました。そのほとんどが漢字のプリント。漢字を一字につき10回くらい書いて、さらに漢字辞典で「成り立ち」を調べて写し、熟語を5つくらいと、その漢字を使った文も書く、というような内容だったと記憶しています。そのプリントが毎日何枚も出されました。一枚に10個くらいの漢字があって、複数枚。3年生4年生くらいにとっては相当な分量です。
全てやるには、かなりの時間がかかります。でも、やらずに明日学校へは行けない、となぜか猛烈なプレッシャーを感じ、健気なまでに取り組む毎日でした。
「タークーオーくーーーーん、あーそーぼーーーーっ!」
家の下から、友だちが呼ぶ声がします。でもまだ宿題は終わっていません。
「今、宿題やってるから、あとでー」
窓から顔だけ出して、断りを入れる僕。そう言えば、その友だちの宿題はどうなっていたんだ?ま、それは今となってはどうでもいいのですが、そんなやり取りをしていると、なんで僕だけこんな目にあわなくちゃいけないんだと、どんどんどんどん情けなくなってきて、しまいには泣けてきます。泣きながら、それでも漢字プリントに取り組む僕を見て、母親も呆れ気味。こうなってくると、もう何が何でも宿題をやりきってやる、という意地くらべです。誰と戦ってるのかよく分かりませんが。
今、自分の子どもたちを見ていると、さすがに泣きながらやるほどの分量の宿題は出ていないようですが、それだけに、「これをやらないと明日学校へ行けない」というプレッシャーを感じることもないようです。どっちがいいとも悪いとも言えませんが、そんなわけで、僕は、宿題というと、漢字のプリント、友だちが僕を呼ぶ声、涙、そんなものがいっぺんに頭によみがえってくるのです。
続いての早坂アナウンサーは、宿題をした場所に思い出があるとか。