千坂 紗雪
2026/03/02
今年度も、日本が地震の多い国であることを強く実感する一年となりました。
去年7月と12月、県内に津波注意報が発令されました。
7月はロケで名古屋に滞在中、12月はロケの帰りに仙台駅へ着いた直後。
いずれも出張中での津波注意報でした。
7月はすぐに仙台へ戻ることができず、宿泊先のテレビに映し出される宮城県内の映像を見つめながら、現地で伝えられないやるせなさを感じました。
その思いもあり、12月は駅構内を出ると、そのまま走って会社へ向かいました。
社会人になって4年。
災害が発生した際の自分の行動が、確実に変わってきていることを実感します。
私は大崎市出身で、内陸での体験しかしていません。
しかし報道機関に勤めるようになり、当時のニュース映像や記録を調べる中で、沿岸部や被害の大きかった地域の現実を目にする機会が増えました。
あの時は、ニュースを聞いて行動する側でした。
今は、ニュースを伝え、行動を促す側にいます。
その意識は社会人1年目から持っていたつもりですが、4年目となった今、震災について知るほどに、伝える立場としての責任の重みを、より強く感じています。
15年という年月を経て、当時小学生だった私たちも、大人になりました。
取材で小学生に話を聞く中で、「この時期に震災を経験したんだ」と感じる場面も少なくありません。
自分が親世代になったとき、周りを守ることができるだろうか。
そんな思いと重なり、次の世代の行動が、より主体的になっていることを実感します。
毎年恒例の防災バッグの点検も、今年も欠かさず行いました。
15年前のあの日に思いをはせながら、
「これから私にできること」を、改めて考えています。
写真は、1月に宮城県農業高校で行われた「進路達成セミナー」で講師を務めた際のものです。
さまざまな経験を、自分よりも年下の世代へ伝える場面も増えてきました。
自分自身の経験だけでなく、多くの方々の「あの日」を伝える中で、
その思いを次の世代へつないでいく意識を、私自身も持ち続けていきたいと思います。
次回は、飯田アナウンサーです。