佐藤 拓雄
2025/11/18
実際問題として現在の私の主な筆記具はパソコンやタブレットですが、肉筆の筆記具としては、少し太めのシャープペンシルを好んで使っています。0.7とか0.9。
(1.3という極太も試しましたが、さすがに太すぎました。細かい字が書けません(笑))
それはともかく、うちの子どもたちが通っていた小学校は、シャーペン禁止でした。思い返すと、私もそうでした。どの小学校でもそうなのかは分かりませんが、なぜシャーペン禁止なのか、全く意味が分かりません。
シャーペンのよさは、鉛筆と違って丸まらず、いつも同じ太さで書けること。短くなることもないし、消しゴムで消せる。場合によっては、シャーペンのほうがコスパもいいように思います。
つまり、授業や宿題でたくさん字を書く小学生にこそ、シャーペンが最適だと思うのですが、いったい何の理由で、小学生に禁じるのか。昭和の時代ならいざ知らず、現代の小学生にどういう意味があるのでしょう。「悪しき慣習」というのか、小学校独特の「理由なき縛り」というか、全く合理性を感じません。
私の小学生時代は、漢字を1つにつき100回とか、恐ろしいほど文字を書かされ、かつ、とんでもない分量の宿題が出されました。当然鉛筆はあっという間に丸まっていき、それを何度も削るのが実に面倒でした。中学生になった途端、シャーペンも全くOKで、それも意味が分かりませんが、「鉛筆削りストレス」は一気になくなりました。
以前、このアナ・ログで、「制服」を押し付ける学校の欺瞞について書きましたが(という書き方もかなり悪意がありますが(笑))、鉛筆ルールも一度立ち止まって考えなおしてほしいものです。
【写真】仙台放送社内で見かけた手回しの鉛筆削り。「仙台放送」のシールの字体が、私の入社以前のもののように見えますので、かなりの「年代物」と思われますが、「現役」で使われています。
明日は、千坂アナウンサーです。