アナ・ログ ~アナウンサーリレーエッセイ~

好きな音楽

佐藤 拓雄
2019/03/18
まずはご報告です。
今年の「FNSアナウンス大賞」で、仙台放送は、新人部門・高橋咲良アナウンサー、ナレーション部門・梅島三環子アナウンサーが、それぞれ入賞しました!
二人(と私)は、先週、表彰式に出席してきました。【写真】
これも一つの励みにして、仙台放送アナウンサー一同、ますます実力を磨いていきます。

さて、本題。

亡くなった母が言ったことで、今でも忘れられないのが、
「好きな音楽は、趣味としてとっておいたほうがいいと思うよ」
という言葉。

私が高校生だった時、どうしても音楽大学に行きたいと、両親に懇願していた話し合いの場での一言でした。

私は、その言葉に納得するどころか、「好きな音楽だから趣味じゃイヤなんだ、仕事にして一生やりたいんだ」と言って両親を説得し、音大受験へと踏み出しました。

結局、人生最大の挫折とも言える音大受験失敗を経験し、音楽の道を諦めて進路を変更、遅ればせながら普通大学にどうにか進学し、今に至っています。

結果、好きな音楽を趣味としてやることはなくなりました。

そういう自分が、同じ年頃の子どもを持った今、思うのは、子どもは親の言うことを聞かない、ということ。
と同時に、親の言うことは聞いておくものだ、という、二律背反のような考え。
今、親として、何度もそう思わされています。

私の場合、ひとたび私が自分の進路を定め、邁進し始めると、両親は何も言わず、精神的にも、経済的にも、我を通した私を支えてくれました。
おかげで、人生最大の挫折についても、心に傷はいまだに残っていますが、その選択については後悔なしです。

親としての私自身は、そこまで大きく構えていられないのが情けないですが、私自身が経験したように、自分の子どもたちにも、本人にとって後悔のない選択をさせてやれるような親でありたい、と思っています。
理想と現実には、けっこうギャップがありますが(苦笑)

明日は、飯田アナウンサーの「好きな音楽」の話です。

東日本大震災8年

佐藤 拓雄
2019/02/27
今年の3月11日で、東日本大震災は8年となります。
今回は、私たちアナウンス部、それぞれの震災への思いを綴ることにします。

私は、震災の翌月から「ともに」という震災の番組を担当しています。来月で丸8年。今年の夏には、放送回数が100回になります。
今は、番組を続けていること自体も、一つのメッセージになっているのではないか、と思っています。

取材の中で出会った、印象的な言葉を改めて思い起こしました。

「2011年の3月11日は特別な日だけれど、これからの3月11日は、前を向いて歩いていく365日のうちの一日でしかない」
震災2年という時に、ある若い漁師さんはこう言いました。
逆に言えば、震災とは、3月11日のことを言うのではなく、毎日が震災なのです。
8年が経とうという今なお、仮設住宅で暮らす人が700人以上もいます。
行方不明のままの方は、1200人以上。
震災発生当時、復興は途方もなく長い道のりだろうと思った一方で、8年経っての今のこの状況までは想像できていませんでした。

震災は今も終わっていません。

この震災について、この仕事をする私たちができること、しなくてはならないことは、当初からはっきりしています。
9年目に入っても、それは変わりません。
震災直後から肝に銘じているのは、「最後の一人が『復興した』と言えるまで伝え続けること」です。

加えて思うのは、「最後の一人の復興」の次にも、私たちがすべきことはあるということ。それは、震災を知らない世代に、震災を伝えていくことです。

私たちのすべきことにゴールはなさそうです。

【写真】岩手県宮古市の宿泊施設に掲示されていた絵。宮古市役所周辺を襲う津波を、市民の一人が描いたようです。記憶を形にして残し伝えていくことの重要性を感じました。

明日は、「ともに」を一緒に担当している梅島さんです。

私の「あるある」話

佐藤 拓雄
2019/02/20
仕事を終えて帰宅し、スーツの上着を脱いだ時の違和感でようやく気づきます。
上着の右側の外ポケットに【写真】のものが。
「あー、またやってしまった・・・」
これが、私の「あるある」です。


【写真】の電話は、社内用PHS。
仙台放送社内では、各自がこのPHSを持ち、内線電話になっています。
「内線」電話ですので、社外に出ると、全く通じませんが、社内では常に持ち歩いていないと困るので、いつも仕事中は上着のポケットに入れていて、これを、そのまま家に持って帰ってしまうのです。


翌日その内線電話を家に忘れてしまってはもっと困るので、すかさずバッグにしまい、内線電話を家に忘れる、という事態は発生していませんが、「持ち帰り」はいまだにやってしまいます。


ところが、おかしなもので、その内線電話を、たまにデスク上に置いたまま席を離れてしまうことがあります。
想像がついたと思いますが、そういう時に限って、電話がかかってきていて、席に戻ってくると「着信あり」になっています。
これも、あるある、です。


明日は、高橋さんの「あるある」話です。

宇宙について

佐藤 拓雄
2019/02/04
まずは【写真】から。
先日、東京某所で見かけた看板。
なんかズルいですね(笑)

この看板は、宇宙とは何にも関係ありません。
それもズルいですか?
・・・本題に入ります。

今、私が「宇宙」と言って連想するのは、漫画「宇宙兄弟」。
私の漫画好きが遺伝したであろう長男に頼まれ、数年前に大人買い、今も続きを買って、親子でハマっています。
とにかく面白い。
人間ドラマであり、宇宙への憧れをかき立てられる、大長編です。

ですが、読んでいて思うことがあります。

「自分は絶対に宇宙には行けない」

閉所恐怖症気味の私にとっては、宇宙服がダメ、ロケットがダメ、空気のない月や星もダメ。
どうやったって、ムリです。
宇宙服も不要で、飛行機のような快適なロケットに乗って、空気の存在する地球のような星へ行けるようになれば、話は別ですが、私が生きているうちは無理でしょうね。

ただ、その恐怖心の理由は、閉所恐怖症だけではないような気がします。

子どもの頃、読んだり見たりした、物語やアニメ、例えば「宇宙戦艦ヤマト」「銀河鉄道999」、敬愛する藤子・F・不二雄さんの作品群、知る人ぞ知るというところで言えば、毎日のように聴いていた音楽絵本の「宇宙船ペペペペラン」。
どれも、宇宙は常に死や永遠の別れと隣り合わせなのだ、ということが、私にとっては共通した教えのように感じられたのだと、今は思います。

もちろん、生命の存在する星があるかも、といった話題には心躍りますし、宇宙の謎には大いに興味があるのですが、私にとって宇宙とは、死を感じさせる恐怖の存在(と言ったらちょっと大げさか)、少なくとも、畏れを抱く対象であることは間違いありません。


明日は、牧アナウンサーの「宇宙話」です。

受験あれこれ

佐藤 拓雄
2019/01/24
大学入試センター試験も終わり、受験シーズン本格突入ですね。
我が家は、今年、4年連続で受験生を抱えています。
【写真】は、その受験生本人の長女に頼み込んで、渋々撮ってきてもらいました。

さて、若い皆さんはご存じないかもしれませんが、このセンター試験が始まる以前は、「共通一次試験」という、国公立大学の、似たような試験がありました。
私は、この共通一次「最終回」を受験しています。平成元年のことです。

恥ずかしながら、「事情」により(苦笑)、現役生の弟と同じ共通一次を受ける羽目になってしまった私。
しかも、試験場は、弟と同会場、同教室でした。
席順が五十音順で、私の席から一列左の前方に、弟の後ろ姿が見えるというシチュエーション。正直、弟の事が気になって仕方ありませんでした。
何かの科目の終わりには、解答用紙が回収されたあと、弟が試験監督の人に何やら話しかけているのが見え、「何かやらかしたのか?」と気が気でなくなったり。
かと言って、自分の試験に集中できないほど「弟思い」なわけでもなく、試験には淡々と集中したので、目標点に少し足りない結果になったのは、単に私の実力の問題です。

弟が何を試験監督に話していたのか、後で聞いてみると、「受験番号を書き忘れたかもしれない」ということだったと記憶しています。
実際に書き忘れていたかは知りませんが、弟の共通一次の成績は芳しくなかったようです。
ただ、弟は、その共通一次の後、恐ろしいほど猛勉強をして、私立の合格を勝ち取りました。浪人の私は、もうこの時期は、体調を崩さないようにとか、そんな感じで、勉強のペースは落としていましたが、現役生はこれがあるんですよね。

だから、特に現役生の皆さん(我が家の受験生含む)には、最後まで粘れ!と言いたいです。

いずれにせよ、高校受験は15の試練、大学受験はハタチ前の試練。受験は試練です。
同時に、受験生の親も試練です。

しかし、高校も大学も、そして就職も、勝負は入った後。どこに入るか、はもちろん重要ですが、そこで何をするかがもっと重要です。
・・・と今は言えますが、受験生当時は、入れるか入れないか、それしか見えないですもんね・・・

とにかく、受験生諸君、諦めるなよ!

明日は、飯田アナウンサーの受験あれこれです。

平成最後のお正月

佐藤 拓雄
2019/01/04
あけましておめでとうございます。
今年も仙台放送と仙台放送アナウンサーをよろしくお願いいたします。


【写真】は平成最後の初日の出。

とかく、何かにつけて「平成最後の」と言いがちな今日この頃。
新しい年のはじまりに、「最後の」をつけるのは、少々違和感がありますが、それはさておき。

私が平成最後のお正月に思い出すのは、昭和最後の日、昭和64年1月7日の朝です。

大学入試目前、お正月どころではないと勉強に勤しみ、この日の朝も予備校の自習室に行くため、急ぎ足で新宿駅を歩いていた、その時でした。
「天皇陛下におかれましては、今朝、崩御されました」というような構内放送が流れたのです。
今調べてみると、崩御の発表が午前7時55分だったようですので、おそらく、その発表を受けてすぐだったと思われます。
さすがに私も周りの人たちも、その瞬間は足を止め、無言で耳を傾けたような記憶があります。
その時、「今日が昭和最後の日」とすぐに思ったわけではありませんが、これが私にとっての「昭和最後の日」の記憶です。

翌日から元号が平成に。
その4月、つまり平成元年4月に、私は大学に入学し、仙台にやってきました。
平成のはじまりと同時に、私は宮城県民になったのです。
それから30年、大学を卒業し、仙台で職を得ました。
家庭を持ち、子どもたちは皆平成生まれ。

私にとっては、平成という一つの時代は、人生の激動期でもあったんだなあと、感慨深い、平成最後のお正月でした。

次回は、平成生まれの西ノ入さんです。

今年の総括

佐藤 拓雄
2018/12/23
今年も出張の多い一年でした。

行って仕事をしてとんぼがえり、という出張も結構ありますが、仕事の合間に、訪れた土地の風物に触れることができるのはちょっとした楽しみです。

【写真】は、先日、またまた出張で、愛媛の松山に行ったときのものです。

道後温泉近くの団子屋で食べた団子。
このお団子屋さんは、夏目漱石が松山に英語教師として赴任した時代から続く老舗中の老舗で、実際に夏目漱石が訪れて団子を食べ、小説に採り入れた、そのお店なのです。
私は実は、予備知識もないままに、ふらっと入ったお店だったのですが、ど真ん中ストライク、大当たりでした。

三色のほうが有名な「坊っちゃん団子」ですが、小説「坊っちゃん」に「団子二皿七銭」と出てくる団子は、三色の「坊っちゃん団子」ではなく、写真の真ん中、串にささっていない、黒いあんこの「湯ざらし団子」の方だそうです。

なんとなく名前から、三色の方を夏目漱石が食べたのだろうなと思ってしまいますが、このお店の当時のご主人が、「坊っちゃん」発表後に、「坊っちゃん団子」を考案して売り出したということですから、小説の題材になったのは間違いなく「湯ざらし団子」なわけです。

「これが「団子二皿七銭」の団子か・・・」と思うと、実に感慨深く、知的好奇心が大いに刺激されてきます。

お茶を飲みながら2種類の団子を食べ、漱石の足跡や「坊っちゃん」の一節に触れ、頭も心もお腹も満たされ、翌日の仕事にも、いつも以上に身が入りました(・・・と言っておきます。)

残念ながら「湯ざらし団子」は、賞味期限がその日のうちということで、お土産として持ち帰ることはできませんでしたので、三色の「坊っちゃん団子」を家族へのお土産にして、仕入れたばかりの団子の薀蓄を土産話として語りました。

すみません、「今年の総括」が最初の一行だけになってしまいました。

さて、皆さま、今年も仙台放送アナウンス部を応援してくださり、ありがとうございました。
来年もよろしくお願いいたします。
そして、どうかよいお年をお迎えください。

明日は、梅島さんです。

プレゼント

佐藤 拓雄
2018/12/19
【写真】ついこの間の「働きもの」の時と同じ場所ですが、今度はこのマジンガーZそのものの話を。

幼稚園の頃、サンタさんからのプレゼントでもらったのが、マジンガーZの「ジャンボマシンダー」というもの。
60センチくらいある、大きな、マジンガーZのおもちゃです。
当時毎週楽しみに見ていたアニメだったので、12月25日の朝、届いているのを見つけた時は、それこそ天にも昇るような嬉しさがあったことを今でも覚えています。
しかも、1歳半下の弟と私それぞれに1体ずつ。

頭の「パイルダー」部分は取り外しができ、主人公がマジンガーに乗り込む瞬間を楽しむことができます。
腕の部分は、飛び出す「ロケットパンチ」など、様々なオプションに取り換えて遊ぶことができるのですが、これは別売り。次々にオプションをねだる私たち兄弟に、父は「サンタさんも大変なものをくれたなあ」と苦笑しながら買ってくれていました。

当時周りでジャンボマシンダーを持っている友だちは見当たらず、そういう意味でも誇らしい気持ちになったり。
とにかく、私の「子どもの頃のうれしかったプレゼント」の上位にランクインしているプレゼントです。

で、話は写真に戻ります。

ジャンボマシンダーより大きなこのマジンガーZは、軽井沢にある、懐かしのおもちゃを売っているお店の店頭に鎮座しています。
このお店を見つけてうれしくなり、中に入って店主と話をしていて驚いたのが、件のジャンボマシンダーのこと。
なんと今、数万円で取引されているというのです。
箱付ならばさらに値段は跳ね上がるとか。
私のジャンボマシンダー、どこにいったのかなー。大学に入って家を出た時にはもうなかったような気もします。
数万円で売りたかった、というより、それほどレアなものを、自分で所有しておきたかった、というこれまたコレクター気質が私の中で目を覚まします。

それはともかく、さらに驚いたのは、今そうした高値のレアなおもちゃをごっそり買っていくのは、台湾などアジアを中心とした海外の人だとのこと。
店主は、「そうなるともう二度と日本には戻ってこないんだよね」と嘆きのようなご意見。
昭和を懐かしむようなレトロなおもちゃ群の中で、今という時代が透けて見えた一幕でした。


明日は寺田さんのプレゼント話です。

年末に向けて・・・

佐藤 拓雄
2018/12/03
先日、出張で福岡を訪れました。福岡タワーが、年末に向けて、巨大なクリスマスツリーになっていました。【写真】

さて、最近、小3の次男と、映画「ハリー・ポッター」のシリーズをまた観ました。

昨冬にシリーズ全作品を二人で観たことはこのアナ・ログにも書きましたが、最終作のテレビ放送があったことをきっかけに、次男が「また観たい」と言い出して、4作目から2人でイッキ見しました。
さらには、第1作にまた戻って、二巡目です。
20年近いハリー・ポッター好きの私に負けず劣らず、次男も一過性のものにとどまらず、かなりのハマりようです。
一家5人のうち、全作品を見たのは、そもそも私と次男だけですが、何度見てもやはり面白く感じる私たち二人は、さながら家庭内の「ハリー・ポッター愛好会」。見終った後も、劇中の音楽を口ずさんだり、話で盛り上がったりしています。

また、今回も、一緒に観ながら、次男の成長を感じました。
一つは、演じている俳優の名前まで覚え始めた点。ダニエル・ラドクリフ、エマ・ワトソンといった名前が次男の口から出てくるのは新鮮です。
そして、4作目以降は、ハリーも成長し、10代らしい恋愛のあれこれも話に入ってくるのですが、そこにそれなりについていっている次男がいました。
それぞれの恋心が交錯する場面では、「ハーマイオニーは本当はロンが好きなわけだから・・・」とちょっとだけ解説すると、「あ、そういうことか!」とすぐに理解し、キスシーンも、茶化したりせずに、物語の展開の中での登場人物の心の表れとして、よく理解しているように見えました。

そんな次男には悪いのですが、我が家は今年も受験生を抱え、年末に向けて、旅行の計画をしたり、ということはありません。
ハリー・ポッターは、「年末のお楽しみ」にとっておいてもよかったかもしれませんが、「愛好会」としては、年末も観たりするのかもしれませんし、年末に向けて、他にもまた何か二人で楽しめるものを探してみるか、と思ったりもしています。

明日は、入社して初めての年末を迎えますね。西ノ入アナウンサーです。

働きもの

佐藤 拓雄
2018/11/20
我が家の働きものが、このところ相次いで不調を訴えています。

台所の換気扇、IHクッキングヒーター、トイレ・・・などなど、毎日の生活を支えてくれている、家電や家の装備です。

換気扇は、しばらく前からどう考えても正常ではない音が出るようになり、ごまかしながら使っていましたが、とうとう交換することにしました。
思えば、入居以来使い続けてきたものですので、このへんが寿命のようです。20年以上、毎日本当によく働きました。

クッキングヒーターは、グリル部分に不調が。
数年前に交換したもののような気がしていましたが、調べてみると、10年は軽く超えていました。
毎日フル稼働で我が家の食卓を支える大切な働きもの。経年劣化はやむなしですが、寿命が近づいているのかもしれません。

トイレの故障は、ちょっと想定外でした。水を流すためのレバーが機能しなくなったのです。
これはその交換だけで済みましたが、トイレのレバーは一体毎日何回稼働しているのだろうと考えると、これも相当な働きものだったんだなあと感慨深いものが。

今年は、1月に電気温水器が故障して大変なことになりました。

我が家では、洗濯機も相当な稼働率で、寿命が来るのがかなり早いです。

困るのは、こうした働きものたちは、往々にして、ある日突然故障してしまうこと。
毎日、それなしでは生活がスムーズにいかない、というくらい依存しているだけに、一度故障すると大変です。

一日も休まず働かせているこちらも、もう少し丁寧にそれぞれの調子に耳を傾け手入れをすればいいのかもしれませんが、なかなか分からないというのが本音。

毎日の働きに感謝しなければいけないと思いつつ、次はどの働きものが不調を訴えてくるのか、冷や冷やしている今日この頃です。

【写真】先日、軽井沢で見つけたマジンガーZ。日々戦うマジンガーZも、ある意味、働きものかと。

明日は金澤アナウンサーです。