東日本大震災14年 佐藤 拓雄 2025/03/11 先月、仙台駅前のイオン仙台店が閉店しました。店のこれまでを振り返るニュースの中で、14年前の震災発生直後、店に長い列ができた映像が出てきて、当時をまざまざと思いだしました。当時は、ダイエー仙台店。津波の被害がなかった地域でも、どこの店にも商品がなくなるなか、ダイエー仙台店は発生2日後の3月13日に営業を再開しました。私は当時、ずっとスタジオから震災を伝える立場だったので実際に店に行ったわけではありませんが、取材班が撮ってきた映像で行列を知り、非常に強い驚きを持って伝えた記憶が鮮明にあります。日常が一瞬でなくなる、というのは、こういう側面もある、ということを強く感じた出来事の一つです。コロナ禍もそうでしたが、平穏な日常がいかに大切でありがたく、しかし脆いものか。きょう3月11日は、そのことを改めてかみしめる日でもあると思っています。さて、仙台放送では、きょう3月11日、夕方のニュース「仙台放送LiveNewsイット!」に加えて、震災に関する特別番組を2つ放送します。午後1時50分からは、「仙台放送LiveNewsイット!特別版「あの日をつなぐ」」、午後2時50分からは、「明日への羅針盤2025~それぞれの選択~」。私は、報道部を兼務していて、いずれの番組にも、ニュース制作の立場で関わっています。「明日への羅針盤」は、番組全体をまとめる役割で制作に携わりました。被災した岩手、福島の系列局と合同制作で毎年お送りしている番組で、今年は、3県に住む人々「それぞれの選択」をテーマに、その意味を見つめる内容です。同じ震災で大きな被害を受けたとはいえ、宮城、岩手、福島では、被災状況も復興のあり方もそれぞれで違っていますが、それでも、隣の県同士、互いの「隣人」を知ることはとても大切なことで、それが復興の「羅針盤」になると信じています。それはもちろん宮城県の中でも同じこと。隣人のことを知り、思いを馳せることが、復興につながっていくと信じ、日々のニュースを含めて、震災を伝えています。番組をご覧になった方が、何か一つでも感じ取ってくだされば、と願っています。【写真】先日、窓の外を見たら、飛行機雲が3本交差していました。この時期だからか、「千の風になって」が頭の中に聴こえてきました。明日は、西ノ入アナウンサーです。
応援あれこれ 佐藤 拓雄 2025/02/21 先日、長崎への出張があり、去年オープンした「長崎スタジアムシティ」をちらっと見ることができました。JリーグV・ファーレン長崎のホーム「ピーススタジアム」とBリーグ長崎ヴェルカのホーム「ハピネスアリーナ」を中心に、ホテルやショッピングモール、遊技施設などを備えています。行った日がちょうどV・ファーレン長崎の今季開幕戦、しかも、試合開始2時間ほど前だったため、たくさんの人が集まってきていました。一言で言って、素晴らしい。私は短時間さっと見て回っただけなのですが、客にとってとても気が利いている施設だと思いました。スタジアムを見下ろすホテルが隣接されているのもよいですが、それよりもいいなあ、と思ったのは「フードホール」。スタジアムのスタンドの裏側が、ピッチの縦幅いっぱいフードコートになっているのですが、それが室内なのです。雨も風も寒さも暑さも全く関係なく快適に食事ができて、ガラス越しになんとなくピッチの様子も見える。【写真】がそのピッチが見える様子です。寒い宮城にこそほしい施設です。(楽天、ベガルタ、どちらもそういう所、何とかしてくれませんか?)テーマに無理やりこじつけますが、「応援する人を応援する施設」、という言葉が頭に浮かびました。ところで、我が家は今、受験生を抱え、「受験生応援モード」です。長男の高校受験から始まり、通算何度目になるのか、浪人などもあったので、受験生を抱えている年は片手では収まりません。5年連続受験生がいる、という時期もありました。何度やっても、「受験生の親」というのは、無力感ばかりです。なるようにしかなりませんが、それにしても、自分の努力でどうにかなることではなく、できることは実に少ない。はるか昔のことですが、自分の受験の方がどれだけマシか、と思います。ですが、それは、私自身が「親の心子知らず」状態だっただけだからだろうと、親になってから気がつきました。ともかく、応援モードもラストスパートです。次は梅島アナウンサーの応援話です。
最近笑顔になれた話 佐藤 拓雄 2025/02/17 【写真】最近ものすごく美味しいカステラを食べました。県内の菓子店のもの。本当に今まで食べたカステラの中で一番おいしいと思ったほどです。自然と笑顔になります。さて、もう一つ「笑顔」話を。昨年末の「スポルたん!NEO」の企画「楽天ドリームドラフト」。自社番組で恐縮ですが、本当に楽しい企画でした。山﨑武司さん、平石洋介さんの楽しそうな様子もよかったですが、何と言っても、「高校野球大好き・楽天大好き芸人」かみじょうたけしさんのコメントに笑いが止まりませんでした。野手の「ドラフト1位」が藤田一也というところから大きく共感し、藤田といえば「日本シリーズ第5戦!」に大々共感。デッドボールで負傷した足を引きずって3塁へ激走、しかしそこで走れなくなり、交代を告げる星野監督。かみじょうさん曰く「星野さんが 「一也、もうええ」と(言った)」 。臨場感たっぷりの激アツコメント。あの2013年日本シリーズで最も熱かった第5戦を思い出しました。・・・が、ちょっと待て。星野監督は「一也、もうええ」と言ったかな??そんな場面あった??放送後、また第5戦を見たくなってしまい、永久保存のディスクを出して、その場面を確認しました。いや~、何度見ても胸が熱くなります。が、「一也、もうええ」は言ってないですね、多分。少なくともグラウンドでは、藤田選手と星野監督の接点はなく、中継ではそのような場面は映っていませんでした。しかし、いいじゃないですか!かみじょうさんには聞こえたはずです、星野監督の声が。というか、取材で得た情報かな?何を言いたいのかだんだん分からなくなってきましたが、かみじょうたけしさんは、確実に私を笑顔にしてくれました。明日は、高橋咲良アナウンサーです。
給食の思い出 佐藤 拓雄 2025/01/30 【写真】仙台で今季初の積雪があった翌朝、通勤路の風景です。枝が川に張り出しているため採ることができない柿の実に、雪が積もっていました。さて、給食と聞くと、必ず思い出すことがあります。以前このアナ・ログにも書いたのですが(2017年3月の「恩師」というテーマでした)、小学2年の時の担任、今で言う「体罰教師」です。半世紀近く経っても、まだ思い出すのですから、自分のことながら、かなりのショックを残しているのだと思います。(当時のアナ・ログを一部そのまま再掲します)忘れ物をした子を立たせるなどは日常茶飯事。今でも覚えているのは、黒板の前に並ばされ、両手を挙げて立っていなさい、という罰。何をした罰かは覚えていないのに、受けた罰は鮮明に覚えているのですから、教育的効果もゼロですね。この体罰、5分もその姿勢でいたら、二の腕あたりに血がたまって、腕がジンジンと重くなり、大変な苦痛です。そんなことを小2の子たちにさせていたのです。もっとひどかったのは、給食で使うランチョンマットを忘れてきた子に、給食を一口も食べさせなかったこと。給食の時間中泣いていたのが忘れられません。(ここまで再掲)何度思い出しても、ひどい話です。特に自分が親になってからは、自分の子どもがこのようなことをされたらと想像すると、強い怒りの気持ちが沸いてきます。担任と言えど、子どもの給食を奪う権限などどこにもないのですが、給食の問題に限らず、学校の教室という密室のなかで、判断力や批判力に乏しい小学生は、教師の言うことに従うしかなく、そこに背筋が寒くなる思いもします。その担任教師は、当時30代くらいだったと思いますので、今は80代でしょうか。名前だけははっきり覚えていますが、その後どうなって今どこで何をしているのか、知る由もありません。給食を食べさせてもらえなかった同級生も、その後私が転校したこともあり、どうしているのか分かりませんが、傍観者だった私ですら今もこんな思いですから、ご本人はどれほどか。「給食の『嫌な』思い出」の話になってしまいました。すみません。明日は、西ノ入アナウンサーです
2025年に行きたい場所 佐藤 拓雄 2025/01/15 お節料理に、縁起の良い白い蛇が入っていました。【写真】白い蛇にあやかって、金運、上がってほしい!さて、2025年に行きたい場所、特にありません。と言ったら身も蓋もありませんが、今年でなくても、行きたい所には行きますし、行きたくても行けない所はいつまでも行けません。ひねくれていてすみませんが、ここで宣言したって仕方ないだろう、と思ってしまいますので、こういうお題は、実に書きにくい。とはいえ、これで文章が終わったらこれまた仕方ないので、もう少し書きます。年明けすぐに書店に行ったら、発見・出会いが二つもありました。一つは、店に入ってすぐ目に飛び込んできた大きな広告。伊坂幸太郎の新刊が出るというではありませんか!去年は出なかったので、待望の新刊です!「デビュー25周年記念書キ下ろし作品」とあります。「書き下ろし」の「き」の字が「キ」とカタカナになっています。意味深です。すぐさま予約しました。楽しみです。届いたら、すぐに、ではなく、大事に、読もうと思っています。新年早々、私にとってのグッドニュースでした。もう一つは、去年亡くなった世界的指揮者・小澤征爾さんの「ボクの音楽武者修行」が、増刷されたのか、平置きで売っていたことです。すぐさま買いました。以前この「アナ・ログ」に書きましたが、音楽を志していた青春時代の、私のバイブルの一つ。亡くなった際に、もう一度読もうと思ったのですが、いつの間にか処分してしまったのか、家に見当たらず、お預けになっていました。二つとも、ネットで調べれば見つかった情報では?というツッコミは甘んじて受けますが、でもそうじゃない、やはり書店は行くものだなあ、とつくづく思った新春。ネットに押され、実店舗の書店は閉店が続いていますが、書店をぶらぶら歩いて、探してもいなかった本に出会う喜びや興奮。新しい本のにおい。そう言う自分も、今やほとんどの本をネットで買ってしまいますが、それでも、実店舗の書店は、無くなっては困ります。勝手なものですね。そんなわけで、こじつけですが、2025年「も」行きたい場所は、書店です。明日は、飯田アナウンサーです。
私の2024年 佐藤 拓雄 2024/12/12 2024年最後の月に入って突然届いた中山美穂さんの訃報。悲しさ寂しさが募っています。同世代ですし、あのドラマ、あの曲・・・と次々に思い出され、今は「世界中の誰よりきっと」を毎日何度も聴いています。あれほど輝いて、多くの人を幸せな気持ちにした存在が、このような亡くなり方をしたことに、何とも不条理を感じます。さて、私の2024年。普段の仕事にはあまり関わってこないような、自分の好きなことを、画面で話す機会が何度かあったのは、幸運なことでした。一つは国文学。先日のアナ・ログでも書きましたが、夏目漱石直筆の手紙が新たに見つかったというニュースを取材し、放送しました。大学時代に国文学をかじった者としての血が騒ぎ、好奇心の赴くままに取材を進めましたが、自分が学生時代に勉強したことが、こういう形で仕事につながるとは思いませんでした。もう一つは、ドラマです。先週まで仙台放送で放送したドラマの番宣で、毎回、見ての感想や展開予想など、好きなようにしゃべる機会がありました。地上波放送ではなく、短い配信用の動画ですが、これもドラマ好きの血が騒いでしまい、ついついあれこれしゃべり過ぎてしまいました。そんなようなことを、四半世紀も前に深夜番組でやっていたのですが、「ドラマ好きの喋りたがり」はちっとも変わらず(笑)ありがたい機会でした。全体としてみると、今年も、良いこと・悪いこと、どちらもいろいろありました。悪いこと・いやなことは、わざわざここで書き連ねはしませんが、「禍福は糾える縄の如し」とはよく言ったもので、結局プラスマイナスゼロ、という一年だったのかなあとも思います。それでも、来年こそは、良いことのほうがよい一年だといいなあと願い、私の今年のアナ・ログ納めとします。皆様よいお年をお迎えください。【写真】は、仙台駅東口のクリスマスツリーです。明日は、梅島アナウンサーです。
今年やり残したこと 佐藤 拓雄 2024/11/26 きょうから新たなテーマ「今年やり残したこと」です。気がつけば今年もあと1か月余りですね。皆さんは「今年やり残したこと」はありますか?そう言いながら、私は、今年も何も、年がら年中、やり残したことだらけとも言えるし、反対に、今年中にやらなければ、ということが何かあるかというと、あまりないような、全てがそうであるかのような。継続案件は「今年中」とかいう区切りではないし、仕事上「年内」ということはありますが、それはそもそもやり残したらアウトなわけで(笑)あのドラマ録画しただけで観てないなあ、というのはありますが、それはいつでもいいわけですからね。「あしたやろうはバカヤロー」という格言(?)もありますが、「明日やれることは今日やらない」という人もいます。どちらにも納得してしまいます。もっと長いスパンで考えると、人生の最後に「やり切った」感なんて持てるのだろうか、と思います。欲張りな私は、きっと、あれもこれもやれなかったなあ、と思いながら死んでいくのだろうなあ、なんて。まるで禅問答のような話になってしまいましたが、今年は伊坂幸太郎さんの新刊が出ず、一つも読めなかったのが、「やり残したこと」かもしれません。でもこれは、私の努力ではどうにもならないので、やり残したもなにもないですね。厳密には、デパートの「三越」をモチーフにした「時ひらく」という短編集で、伊坂さんの新たな作品を一つ読めました。これも良い作品でした。いつも言っていますが、伊坂作品には一つもハズレがありません。来年は書下ろし長編、出ないかなあ・・・今回はダラダラした話になってしまいました。すみません。【写真】は、つい先日食べた牛タンしゃぶしゃぶのピラミッド。ついに食べられて満足。ずっと気になっていた「やり残し」の懸案、ひとつ完了です。明日は飯田アナウンサーです。
私の寒さ対策 佐藤 拓雄 2024/11/13 このところ急に気温が下がってきて、「寒さ」という言葉にリアリティを感じるようになりました。そんな中、家の網戸にトンボが1匹とまっていました【写真】。11月のトンボ。冷たい風に羽が揺れて、寒そうに見えました。トンボは暑さ寒さを感じるのでしょうか。丸1日ここに滞在し、翌朝はいなくなっていました。さて、人間の私の話。先日、今シーズン初めて、車のシートヒーターを使いました。これには本当にお世話になっています。背中から尻まで暖かくなるので、エアコンよりもはるかに効果が高く、もはや無くてはならない機能。車を買い替えても、シートヒーターだけは、必ずオプションでつけるようにしています。ただ、前列の座席にしかついていないので、その恩恵を受けているのは、主に前列に座る人だけ。次の買い替えの時には、後部シートにもヒーターをつけてもいいかもしれない、と思いますが、そうできるのかは不明です。車種によるのでしょうか。車と言えば、ステアリングが冷たいのも困ります。これも、ステアリングヒーターがあるようですね。ただなんとなく、そこまではいいか、という感覚で、滑らない手袋をしたりして、特に対策はしていませんが、ステアリングが氷のように冷たいと、しっかり握らなくなるので、安全上もあまりよくないもかもしれないですね。明日は、飯田アナウンサーです。
人生最大の「激走」 佐藤 拓雄 2024/10/31 【写真】は、2019年の全日本大学女子駅伝。仙台を走る駅伝を、仙台国際センター前の沿道で応援しました。トップを行く名城大学の「激走」です。今年は名城大学の連覇が途切れましたね。さて、私は人生の中で、あまり「激走」をした覚えがありませんが・・・実に恥ずかしい激走エピソードを書きます。入社2年目か3年目ごろ、1990年代のことです。楽天イーグルスが誕生するはるか以前、「プロ野球ニュース」というフジテレビの深夜の番組がありました。番組は、地方でプロ野球の試合があると、球団のない地区でも、その地域のアナウンサーが、解説者とともに試合を伝える仕組みでした。そんななか、山形でプロ野球の試合があり、仙台放送が出張して、現地でナイターの結果を伝えました。解説者は、レジェンド級の元プロ野球選手。放送が無事終わり、では打ち上げに、と皆で繰り出しましたが、放送が終わってからですので、既に日付は変わっています。1軒目、レジェンドのお話を拝聴し、こんな方から話が聞けるなんて、いやあ本当にありがたい、勉強になる、と至福の時間を過ごしました。レジェンドも絶口調で、「よしもう1軒!」となるわけですが、実は翌日(もはや日付変わって当日ですが)、私たち仙台放送のスタッフは、全員別の仕事で宮城に戻り、現場に直行という予定でした。出発は確か朝7時だったと記憶しています。ですので、「いやすみません、実はあす朝早いのでこのへんで・・・」と切り出したところ、「何言ってんだ佐藤君、大丈夫、寝なきゃいいんだよ」との頼もしいお言葉。若気の至りで「それもそうだな」と納得したのが運の尽きでした。もはやどんな展開かお分かりですよね。2軒目も楽しく時は過ぎ、もはや明け方。朝日を見ながらホテルに戻り、レジェンドのアドバイス通り、寝ないで出発を待つことにしました。寝なければいいのだ!と座っていましたが、やはり、時間とともに少々疲れが。出発まであと1時間ちょっと・・・横になるくらいいいだろう、目をしっかり開けて、寝ないんだから。・・・タイムマシンがあったら、その自分に喝を入れに戻りたいですね。絶対に横になってはいけない!!と。自分の感覚では、数秒後。突然部屋の電話が鳴りました。携帯電話も持っていない時代、ホテルの部屋の内線電話です。何だか分からず、電話に出ると、「拓ちゃーん、みんな待ってるぞー」という先輩Dの低い声。「△●◇※☆¥Ψ??!!!!」一瞬で何が起きたのかを把握し、頭からサーッと血が引いていくのが分かりました。出発時刻はとっくに過ぎています。そこから一体どのくらいのスピードで部屋を飛び出し、皆の待つバスまで行ったのか。正確には分かりませんが、これほどのスピードで出かけたことは、人生、後にも先にもありません。しかし、その「大激走」は、もはやほとんど意味はありません。バスに乗り、「すみませんっ!!!!」と頭を下げたものの、乗っている全員から一斉に冷たい視線。当然です。移動中も誰一人喋らない。「針の筵」とはこのことでした。本当に情けない話です。もちろん、レジェンドのせいではありません。全て私がダメなだけなのですが、一つ教訓があるとすれば、こういう時は「寝なければいい」ということですね。違う違う!そうではなくて、コンディションをちゃんと整えましょう、ということですね。翌日早いのに、遅くまで飲んではいけないのです。でもこの時は、今考えても、かなり無理のあるきつい日程でしたけどね。明日は、伊藤瞳アナウンサーです。
今年の秋は… 佐藤 拓雄 2024/10/24 文豪・夏目漱石の直筆の手紙で、今まで存在が知られていなかったものを、東北大学の名誉教授が見つけた、というニュースを先日放送しました。発見自体が非常に貴重な出来事で、それだけでもニュースとしての価値があると思いますが、その内容を詳しく調べはじめたところ、漱石の「思考回路」のようなものに触れることが分かってきて、大学時代、国文学を専攻した者としての血が騒いでしまい、特集ニュースとしてはそこそこのボリュームになりました。https://nc.ox-tv.co.jp/news/detail/2024100300011(↑ここにしばらくは動画が残っているはずです。)実は、「血が騒いだ」理由はそれだけではありません。放送の中では言いませんでしたが、発見者の仁平道明東北大学名誉教授は、私の大学時代の直接の恩師です。その仁平名誉教授がおっしゃるには、ご自身の恩師が、漱石の弟子・小宮豊隆の弟子、つまり仁平名誉教授は、漱石の「三代目の弟子」である。だから、その弟子である私(佐藤拓雄)は、漱石の「四代目の弟子」にあたる、というのです。「三代目」まではともかく、「四代目」ともなると少々無理があるような気もしないでもないですが、漱石の正真正銘の弟子である小宮豊隆という人は東北大学の教授でしたし、少なくとも、自分が漱石にそれなりの縁があると知ったことは、うれしいことでした。なんだか、歴史上の人物と遠い親戚であることが判った、というような感覚に似ているかもしれませんね。その「大師匠」夏目漱石ゆかりの地を、先日東京で巡ってきました。【写真】は、東京早稲田の漱石山房記念館に再現された、漱石の書斎。漱石が亡くなるまで住んでいた家は、太平洋戦争の空襲で焼失してしまいましたが、その地に記念館が建っていて、自宅が一部再現されています。その近くにある生誕の地(碑があるだけですが)にも足を運び、さらにはお墓参りもして、ひと通りの「ご挨拶」は済ませたので、これで「四代目」と認定されても引け目は感じないはず??(笑)さて、放送は無事出しましたが、さらにもう少し調べたいことが出てきて、実は今も“研究”を続けています。ここからは、取材や仕事ではなく、もはや趣味の世界ですが(笑)、やればやるほど、もっと調べたいと思うことが出てきてしまい、きりがありません。これが「沼」というヤツかもしれません。今年の秋は、夏目漱石研究の「沼」の中にいます。明日は、西ノ入アナウンサーです。