アナ・ログ ~アナウンサーリレーエッセイ~

この夏は・・・

佐藤 拓雄
2020/07/31
利用している、写真のクラウドでは、毎日、「○年前のこの日」、つまり以前の同じ日付の写真が表示されます。
子どもたちの幼い頃の姿や家族で出かけた時のものなど、思い出がよみがえり、楽しいものです。
そのなかで、このところ目立つのが、夏休みらしい写真。
毎年この時期は、子どもたちの夏休み2週目くらいで、どこかに出かけていることが多かったことが写真から分かります。【写真】は、13年前の今日、2007年7月31日に撮った1枚でした。家族で行った沖縄です。

しかし、今年の夏は…コロナの影響で、小学生の次男はまだ夏休みに入りません。このあと短い夏休みがありますが、やはりちょっと出かけるのは憚られ、しかも曇りや雨の日も多く、猛暑でないのは助かりますが、7月も終わり、という季節感が全くありません。

そんななかで、我が家にどうにか夏らしさをもたらしているのは、毎夜聞こえてくる、ガサガサ、ゴソゴソ、カリカリ、バサバサバサッ、という物音。
泥棒ではありません。
何度も書いている、我が家のカブトムシたちです。
夜になり活動が始まると、とにかく活発。特にメスが元気よく、この物音の多くは、5匹のメスたちのものです。飼育箱の中で羽を広げて飛び回ったりしていて、それが「バサバサバサッ」です。

去年のつがいから生まれた幼虫が約40匹。半分弱は人にあげ、我が家では、結局、オス7匹メス5匹の、計12匹が羽化しました。
オス1匹は残念ながらすぐに死んでしまいましたので、目下11匹のカブトムシを飼育中。それぞれ1匹ずつ飼育箱に入れているので、11箱。
実はこれに加えて、家の近くで見つけてしまったコクワガタ2匹もいて、13箱の飼育箱が、リビングの端に鎮座していて、夜な夜な、ガサガサ、ゴソゴソ、カリカリ、バサバサバサッ、というわけです。

このエサ交換も毎日の大事な仕事。次男とともに行っています。
この夏は、カブトムシの活動音とエサ交換が思い出になりそうです。

続いては、西ノ入アナウンサーです。

リモート○○

佐藤 拓雄
2020/07/15
【写真】羽化したカブトムシたちをそれぞれ写真に撮って並べてみたら、なんだか、リモート会議の画面みたいになってしまいました笑

リモート会議は、すっかり定着した感があり、仙台放送でも様々な場面で利用されています。
ただ、その言い方、となると色々です。
「リモート会議」「オンライン会議」「WEB会議」「テレビ会議」「ビデオ会議」・・・過渡期でしょうし、どんな言い方をしてもある程度通じてしまうので、実際上の支障はあまりないのでしょうが、今後どれが言葉として残っていくのでしょうね。

リモートと言えば、長男と長女は、それぞれの大学が、前期はすべてリモート授業になってしまいました。これも、言い方は大学によって違い、やっていることはほぼ同じだと思うのですが、長男の大学は「オンライン授業」、長女の大学は「遠隔授業」。

それはともかく、大学のリモート授業というのは、致し方ない苦肉の策とはいえ、なんとも歯がゆい感じがします。
特に長女の場合は、今年入学ですので、大学のキャンパスには入試の時しか行ったことがありません。
確かに、授業を行い、学生の学びを確保することは大切ですし、大学側も知恵を絞りながら、この状況の中でできることを最大限やっているのはよく分かります。それに、そもそもの原因はコロナであって、大学にも学生にも、原因も責任もありません。
とはいえ、大学というのは、それだけの場ではないわけで。
新しい友人との出会い、遊び、サークル活動、アルバイト等々、自分の大学時代を思い出すだけでも、大学生活は、授業とそれ以外の広がりで構成されていました。
そうした全てをひっくるめて、「大学生活」なのであり、そのどれか一つがあればよい、ということではないんだよなあ、と私は思います。・・・言っても仕方ないことで、コロナ収束を願うしかないんですけどね。

全然関係ありませんが、小5の次男が、休校期間中から毎日遊んでいる「あつまれどうぶつの森」のテーマ曲のリモート収録演奏の動画を見せてくれました。ゲーム機に配信されたとのこと。これがすごーく良かったです。毎日聴きたいくらい。


明日は、飯田アナウンサーのリモート○○です。

涙のお話

佐藤 拓雄
2020/06/29
【写真】前回書いたカブトムシ。おととい、ついに羽化第1号が土の中から出てきました!涙は出ませんでしたが、感激でした!

さて、以前(調べたら13年前でした!)、このアナ・ログに、「自分にとっての「ベスト・オブ・マンガ」は『がんばれ元気』というボクシングマンガで、ストーリーや登場人物はもちろん、セリフの一つ一つまで今なお頭に入っていると言っても言い過ぎではないくらい読み込み、多大な影響を受けた」ということを書きましたが、去年久しぶりに一気に読み返しました。

やはり「マイ・ベスト・オブ・マンガ」であることは疑う余地もありませんでしたが、一つ違う感覚を覚えました。
それは、主人公・堀口元気の祖父母の見え方です。

元気の父と母は、駆け落ちして結婚し、しかも母親は元気を生むと同時に死んでしまいました。それ故、母方の祖父母は、元気の父を憎みに憎んでいます。ただ、孫である元気は可愛い。父も試合中の事故がもとで死んでしまい、元気はこの祖父母に引き取られるのですが、数え切れないくらい繰り返し読んだ子ども時代の私には、元気を溺愛する一方で、元気の父とボクシングを憎む祖父母の様子が、憎らしくて仕方がありませんでした。

ところが、自分が親となり、長男が成人した今になってみると、祖父母の気持ちも非常によく分かるのです。

特に、元気が、上京する前夜から当日朝のくだりは、以前は、元気の側からしか見えていませんでしたが、今回は、祖父母の気持ちが沁みる!沁みる!
荷物を詰め込みながら顔中を濡らす元気の涙よりも、明け方、家をそっと出て走っていく元気の声が遠ざかるのを聞きながら、ベッドに入ったまま、これまた顔中を涙で濡らしている祖父母の涙の方に、私は心を大いに揺さぶられ、私の視界は、涙でぼやけました。

・・・と、熱く語ってきましたが、今回は、ほとんどの方には「なんのこっちゃ???」という話だったことでしょう。すみません。

今度「涙」がお題の時は、「なみだ橋を逆に渡る」話にします。これも分からないですね。


明日は、梅島さんの涙のお話です。

不思議な話

佐藤 拓雄
2020/06/24
以前も書きましたが、去年の夏、次男の要望で飼ったつがいのカブトムシが、秋に卵を産んで40匹近い幼虫がかえり、一部を人に分けたりしつつ、大切に育ててきました。

子どものいる家庭で生き物を飼う場合の「あるある」だと思いますが、結局、一生懸命世話をしてきたのは親の私。
食欲旺盛な幼虫たちのために土を何度も入れ替え、糞を取り除き、土の状態を毎日確認し、場合に応じて飼育箱をも交換し・・・と骨の折れる作業でしたが、我ながらなかなか頑張りました。

そうした世話の甲斐あってか、どれも丸々と大きく育ち、3月初めには、一匹ずつボトル状の容器に引っ越しさせ、サナギになるのに備えました。

そして、先日、ついに何匹かがサナギになっているのを発見!
他の幼虫たちも、土の中に部屋を作って、そこに収まり、サナギになる準備ができたようです。

先月あたりは、一日中、カサカサという音を立てて活動しているようで、何だろうと思っていましたが、どうやらこれは、この部屋作りの作業を盛んにしていたのだろうと納得。

誰に教えられるわけでもないのに、準備を着々として、自らの体を変化させ、成虫になっていく。
自然の営みの不思議さを感じずにはいられません。

一方で、こうして手をかけて大切に育てていても、どうしても死んでしまう幼虫がいます。
同じ環境のはずなのに、あるものはたくましく育ち、あるものは生きていけなくなってしまう。
これもまた不思議でなりません。

自然の摂理、自然淘汰といった言葉で収めてよいものなのか。

分からないことだらけですが、目下15匹。ボトルに入って【写真】のようにリビングに鎮座しています。
このままどれもが成虫になってくれることを願う毎日です。

一つ悔やまれるのは、世話に一生懸命になり過ぎて、ほとんど写真を撮っていなかったこと。撮影チャンスだったであろう、飼育箱や土の入れ替えの際も、寒い時期のベランダで、幼虫たちを一刻も早く土に戻してやらないと、という気持ちばかりで、手早く作業を進めることしか考えていませんでした。


明日は、下山アナウンサーです。

歯の話

佐藤 拓雄
2020/05/27
新緑が眩しい季節【写真】今日から新しいお題です。

新緑から連想して「葉の話」
・・・ではなく、
6月4日・虫歯予防デーにちなんで、「歯の話」です。

私は、歯並びは悪くないのですが、実は虫歯だらけです。
物心がつく前、つまり乳歯の頃から虫歯だらけだったそうです。
親に言わせると、甘いものが好きで、特に某乳酸菌飲料は飲ませないと泣くほど好き。それが原因だというのですが、どうなんでしょうね。
歯磨きをきちんとして虫歯予防、ということがあまり社会に浸透していない時代だったから、というようなことも言われた気がしますが、これはそうかもしれませんね。

歯磨きで記憶にあるのは、幼児から小学校低学年の頃、歯医者に行くたびに、歯科医から「歯磨きができていない」と注意を受けたこと。歯の治療には耐えられる子どもでしたが、そのたびに母親の機嫌が悪くなる点で、歯医者はちょっと嫌でした。
その後、成長とともに、歯磨きはしっかりするようになりましたが、永久歯もあちこち虫歯になりました。

そんな経験もあり、自分の子どもは虫歯にならないように、と小さな頃から一生懸命歯磨きをしました(させました)。
最初は嫌がったので、夫婦二人がかりで小さな歯を磨き、自分で磨けるようになってからは毎回「仕上げ磨き」を。
努力の甲斐あって、長男は成人した今も虫歯ゼロ。
ところが、第二子・第三子である、長女と次男は、残念ながら虫歯が・・・次男に至っては、私のように乳歯の段階から虫歯ができて歯医者通いです。
こちらの気が緩んだわけではないと思いたいのですが、第一子の時ほどの厳格さがなくなってしまうんでしょうね。二人には、申し訳ない!と謝りたい気持ちです。

明日は牧アナウンサーです。

図書館にまつわる話

佐藤 拓雄
2020/05/21
家のそばのツツジが満開です。写真を撮ろうと近づくと、どれにも、もれなくハチがいました。【写真】
ミツを集めているのでしょうが、「蜜」ではなく「密」の字を連想する自分に苦笑。

さて、本題。

世界のありとあらゆる書物を読みたい、という、およそ実現不可能な夢があります。
できるわけのないことであり、夢はしょせん夢なのですが、とにかくたくさんの本を読みたい。
読んだことのない本、出会えなかった本がほとんど、というのが実際の人生なのでしょうし、読書だけして過ごすわけにもいかず、暇さえあれば本を開くというわけにもいかないのですが、そこに無駄な抵抗を試みたい。

また、厄介なことに、世の中には、読むに値しない書物もこれまたたくさんあります。
有限の時間のなかで、そんな「ハズレ本」に関わっている暇はないのですが、何を読んでも100%絶対にハズレなし、と言えるのは伊坂幸太郎の小説くらいのもので、自分で買った本が、そうしたハズレ本だと、気が小さい私は、心理的にも経済的にも時間的にも、失ったものを考えてしまい、ちょっと凹んでしまうわけです。

そこで、図書館です。

手当たり次第に、これ面白そう、という直感だけで、次々に借り、面白くなければすぐに投げ出しても全く問題なし。ハズレ本にあたっても失うものがありません。さっさと返却してまた次、ということに何の後ろめたさも感じないどころか、堂々と期限内に返却して、期限を守る爽快ささえある、と言ったら言い過ぎか。

ハズレ本を回避しつつ、思いがけず、よい小説や、知らずにいた好みの作家が見つかることもあるのが、図書館読書のいい所。

新型コロナウイルスの臨時休館も一応終わったので、様子を見つつ、また図書館読書を復活させたいところです。


明日は、「カワウソLOVER」西ノ入さんの図書館話です。

子ども時代のエピソード

佐藤 拓雄
2020/04/24
状況の収束が見えない中、私たち仙台放送アナウンス部も、コロナ対応の勤務が続いています。
なかなか気持ちが晴れない毎日ですが、ちょっとでも「上がる」ようにと、妻が、2013年の楽天イーグルス日本一の記念カップ【写真】に紅茶を入れてくれました。

さて、皆さん、子ども時代を振り返って、ご自身の最初の記憶って何でしょうか。
私は、これだ、というのが割とはっきりあります。

と言いながら、何歳の時なのかは曖昧なのですが、
家の前で遊んでいたところ、見知らぬ女性が笑顔で「あら、タクオちゃん、ひさしぶり~、おおきくなったわね~」と話しかけてきた、というものです。
だれ?なぜボクのことを知っているのだろう?
という疑問とともに、その時の光景が鮮明に記憶にあるのです。
それと同時に、この時から、自分は「たくお」というんだ、と意識したというか、そういうことも記憶としてはっきりしています。

とにかく、私の中に「ここが境目!」という感覚がはっきりしているのです。
一方で、それ以前の記憶は何もないに等しく、これが、いわゆる「物心」がついた瞬間だと私は思っています。
・・・と書いたのはいいのですが、なんだかどう書いても、この感覚を表現しきれていないなあ・・・これ伝わってますか?

それにしても、なぜ、乳児幼児の頃の記憶は途中まで失われてしまうのか。不思議でなりません。
私は、子ども時代、記憶力のよいほうだったのですが、それとこれとは関係ないということですよね。

ちなみに、私に笑顔で話しかけてきた女性は、私の叔母でした。甥の私は、きっと叔母に対して相当怪訝な顔をしたことと思います。
この話は、当の叔母にはしたことがありませんが、今さらながら、おばさん、すみません。
・・・ここで謝っても伝わらないですね。


次は、牧アナウンサーです。

出会い

佐藤 拓雄
2020/04/20
何という春になってしまったことか。
自宅近くの桜はいつものように咲きました。【写真】
ただ、今広がっているのは、2020年を迎えた当初には、想像もしなかった世界です。

この春から大学に入り東京で新生活をスタートするはずだった長女は、4月の今もまだ仙台の自宅にいます。大学は閉鎖で新学期は現時点でも5月開始。それも当面オンライン授業とのこと。大学のキャンパスには、入試で行ったきり、一度も足を踏み入れられずにいます。
「出会いの春」の正反対、新たな「出会い」の全くない春。
全国の新入生が同じ思いをしていることと思います。
あと少しの辛抱・・・と思いたい。

長男も、大学キャンパスが閉鎖・立入禁止となり新学期が不透明な状況は同じです。こちらもこのあとしばらくオンライン授業となると発表されました。
先月仙台に帰ってきた後、東京に戻れる状態でなくなり、そのまま家にいます。

図らずも一家5人で過ごす毎日で、家が狭いなあと感じますが、この状況下で離れて暮らす我が子を心配するより、毎日子どもたちの顔を見て過ごせる安心感を持てていることには感謝しなくてはいけないのかもしれませんね。

今月から小学5年生になった次男は、学校生活が2月いっぱいでぷっつり終わってしまったわけですが、この長い長い春休みに、いくつか「出会い」がありました。
ひとつは、暇を持て余す次男に、私が物置きの中から解放した、漫画の「蔵書」たち。
「スラムダンク」、「ドカベン」、「大甲子園」、「ドカベンプロ野球編」と、いずれも全巻を、あっという間に読破しました。時間があるのだから、もう少しゆっくり読んでほしかったところですが、繰り返し読んでくれているので、よしとします。
もう一つは、家族が揃って家にいることが多いなか、引っ張り出してきたボードゲームの数々。次男は「ドンジャラ」と「UNO」に初めて出会いました。連日、この2つに加え、15年以上前から我が家の定番「ドラえもん日本旅行ゲーム」、トランプなどを繰り返す日々。

なんだか毎日がお正月のようですが、ふと我に返ると、今年のお正月は穏やかだったよなあと、今が異常事態であることを思い出し・・・

今回のお題はこれで全員書きました。
明日からは別のお題でお送りします。まずは、西ノ入アナウンサーです。

NEW

佐藤 拓雄
2020/03/31
おかげさまで、仙台放送アナウンス部は、今年も新しい仲間を迎えられることになりました。
今年は女性一人です。
今年も3月に入ってすぐから、アナウンスの研修を行っています。
私も入社当時この日程で研修を受けましたが、この時期に研修として毎日会社に行くことは、アナウンスの面だけでなく、社会人生活スタートにあたっての、とてもよい助走期間になり、精神的に大きな余裕を持って入社を迎えられたので、私たちとしては非常に大切にしている研修です。
まずは、一応入社前ですので、去年の堤君の時と同様に、後ろ姿で、広報写真撮影の雰囲気だけ(笑)【写真】
明日、本人の「初アナ・ログ」で、お目見えします。
どうぞよろしくお願いいたします。

ところで、私の「NEW」は、この春からの我が家の生活です。

長男に続き、長女も大学入学で東京へ。仙台の我が家は私たち夫婦と4月から小5になる次男の3人暮らしになります。
上の二人と年が離れていることもあって、次男はこれまでも何となく一人っ子っぽい扱われ方もしていましたが、これからは形の上でも一人っ子状態。
上の子たちのスケジュール優先という「末っ子の宿命」のようなことが多かったことを思えば、次男にとってはそれもよいのかもしれないと思ったりしています。

そして、この春から東京で新生活を始める長女。
新型コロナウイルスの影響で入学式は中止、新学期も遅れて始まることになりました。
やむを得ないこととはいえ、親としてはやはり残念です。
今年は、全国の卒業生と新入生、そしてその家族が、こういう思いをしたのですね。

ともあれ、また、我が子を送り出すことになり、長男を送り出した経験があるので少しは慣れたかと思いましたが、親としての感慨はやはり深いものがあります。
子育ての本当の卒業は、子どもが経済的に自立してからだと思っていますが、それにしても、一緒の暮らしが終わり、長女は長女の人生を本格的に歩み始める、この春。
親としてできるのは、健康に、そして、明るい未来が拓けるよう、離れた所から見守り祈るだけです。

さて、明日のアナ・ログは、新型コロナの影響もなく、無事入社式を迎える、私たちの新しい仲間、伊藤瞳アナウンサーです!

サンキュー

佐藤 拓雄
2020/03/17
「サンキュー」という言葉を普段あまり使わないので、このお題でパッと思いついたのは、パンサー尾形さんとドリカムでした(笑)
ドリカムは「サンキュ.」でしたか。

くだらない話はこのくらいにして。

東日本大震災は、発生から9年が経ちました。

9年前、何事もない普通の日が決して当たり前ではない、平穏な一日が明日もまたやって来ることは、文字通り「有り難い」ことなのだということ、日常が日常であることのありがたさを多くの人が感じたはずです。
もちろん私もその一人です。

私は、個人的には、震災の前後にも、日常のありがたさというものを強く感じる大きな出来事がありました。

そのたびに、平穏な日常にもっと感謝すべきだと心からそう思うのですが、情けないもので、喉元過ぎれば熱さを忘れる、ということなのか、そのありがたさをだんだん忘れてしまうんですね。

今回のコロナウイルス騒動でも、平穏無事がいかに奇跡的なことなのか、また痛感させられました。

震災発生から数えて10回目の3月11日を迎えた今、平穏な日々に感謝する気持ちを忘れてはいけないと、改めて思っています。

【写真】は、石巻の和菓子屋さんのいちご大福。私が知っているいちご大福の中で一番美味しい=世界一美味しい、と私は思っています。
ここの和菓子は、どれもすべて絶品で、あんこ大好きの私は、店のショーケースごと買い占めてしまいたいと思うほどです。
このお店も、震災で店舗の一つを失うなど、大きな被害を受けたと聞きます。
こんなにおいしいものが食べられることにも感謝の念を忘れず、ありがたくいただかなくてはいけませんね。

明日は、梅島アナウンサーです。