新生活の思い出 堤 勇高 2025/04/03 大学進学や就職など様々なタイミングで新生活を迎えた皆さん、おめでとうございます。特に初めての一人暮らしという方は、かなり心躍っているのではないでしょうか。私自身、大学進学で一人暮らしを始めたときは、すべて自分のリズムで、自分の好きなやり方でできる生活に無限の可能性を感じていました。掃除や洗濯ですら楽しく感じた時期でした。その後も就職のタイミングなどでこれまで3回引っ越しを経験しました。その経験から、新生活にあたり引っ越しをした(主に新大学生、新社会人の)皆さんに、差し出がましくもアドバイスをさせていただきます。「引っ越しの段ボールは、3日以内に片付けろ!!」要するに、引っ越しの荷解きは引っ越し直後に一気にやるべきだということです。特に私のようにあまり家事などがマメではない方はそうしないといつまでも片づきません。永遠に「引っ越し中」の状態になってしまいます。大学在学中に一度引っ越しをしましたが、面倒くさがっていくつかの荷物を段ボールのまま部屋の角に置いてしまいました。確か中身はあまり着ていなかった服だったと思います。あまり着ない服のため、「片付けよう」と思わなければ段ボールをあける機会もほぼなく、かなりの期間を段ボールに囲まれて過ごすことになりました。「段ボールに入っている」という事実が、「片付いていない」という気持ちを少し抑えることが原因だと勝手に分析しています。モノがあちらこちらに散らばっていたり、乱雑に積み重なったりしているようであれば危機感も生まれるのですが……とにかく、引っ越し・荷ほどきは鮮度が命です。一気にやってしまうことが大事です。過去の私のようにならないために!!さて写真は先日3月11日に中継を担当した南三陸町の旧防災対策庁舎です。当日は非常に良く晴れていました。何度見ても津波の威力が直接的に伝わってきます。「新生活」で県外から宮城に引っ越してきた方、久々に宮城に戻ってきた方、自分で自由にできる時間が増えた方なども、この旧防災対策庁舎はじめ県内の様々な震災遺構を一度訪れてみるのはいかがでしょうか。次は佐藤アナウンサーです。
東日本大震災14年 堤 勇高 2025/03/07 先日南三陸町にある「農漁家れすとらん 松野や」を取材しました。お店は今年で73歳になる松野三枝子さんが切り盛りしており、新鮮な海鮮をつかった料理やどこか懐かしさを感じる料理のほか、「デカ盛り」メニューでも人気です。例えば、写真は先日いただいた松野やのから揚げ定食です。から揚げの個数も大きさも味も大満足の一品でした!お店を営む松野さんは普段非常に明るく、パワフルで、お店に行けばこちらも元気をもらえるような雰囲気があります。しかしこれまでの人生の中では、「余命無し」とまで宣告された末期がんを克服し、東日本大震災当日は入院していた病院の屋上に避難して間一髪で津波被害を免れた経験を持ちます。「命の危機」を2度乗り越えた松野さん。そんな松野さんに取材の中で「伝えたいこと」を聞くと、ぐっと力を込めるような口調で「災害や事故にあっても、命を大切に、とにかく生きること。生きていれば夢もかなうし様々なことに出会える」と話していました。末期がんと震災を乗り越えた松野さんが言う「とにかく生きる」には本当に重みがあると思ったと同時に、「とにかく生きる」は、やはり震災の教訓の根本だと感じました。いままで取材や放送の中で、多くの方の教訓を伺ってきました。「どう逃げるか」「どう備えるか」など、それぞれの経験によって様々な教訓があると感じます。松野さんと全く同じ思いの方も、時が経つにつれ変化している方もいると思います。そのどれもが非常に貴重で、受け継がれなければなりません。その上で、ほとんどの教訓は「災害時に生きる・生き残る」ため、その前提を忘れてはいけないと思いました。災害時にどう行動するべきか、どう備えるべきか、有事平時問わずお伝えする機会も多いですが、その前提には生きる・生き残ることがある。あくまでもそこにつながるように、日々の放送からお伝えしなければいけないと再認識した取材となりました。次は伊藤アナウンサーです。
応援あれこれ 堤 勇高 2025/02/19 今日から新しいお題「応援あれこれ」です。受験シーズンが本格化し、多くの人が応援する・されるこの時期。仙台では大学の応援団が仙台駅前で受験生を応援する景色も風物詩となっていますね。さて、私の中で最も印象深い応援は、ベガルタ仙台が決勝に進出した2018年のサッカー天皇杯決勝で目にした(耳にした)応援です。当時の天皇杯決勝は国立競技場建て替えのため、埼玉スタジアムでの開催でした。しかも対戦相手は埼スタがホームの浦和レッズ。普段のリーグ戦からゴール裏を埋め尽くし、熱い応援をすることで有名です。ベガルタ仙台も応援の熱さは指折りですが、会場は普段相手がホームとして使用している場所ということもあり、どんな雰囲気になるのだろうかと思いながらスタジアムに入りました。スタジアムはというと、当然浦和サイドのゴール裏は赤と黒のサポーターに埋め尽くされていました。醸し出される威圧感も含め、さすが浦和サポーターだと感じるほどでした。しかし、ベガルタサポーターもそれに負けていませんでした。立地で言えばアウェースタジアムでの試合でしたが、ゴール裏席の上の方までサポーターが入り、カントリーロードの大合唱。浦和サポーターに負けない大きさで声援を送っていました。当時私もゴール裏で応援していましたが、自分たちの歌ったチャントが埼スタ全体に反響し、やまびこのように響くのを聞くと、なんともいえぬ高揚感がありました。昨シーズンも昇格プレーオフの時など、ベガルタサポーターの応援が何度も話題になりましたが、そのたびに私はあの時の決勝の応援を思い出します。写真は天皇杯決勝の時に撮ったものがあればよかったのですが、試合内容と応援に必死で1枚も撮っておらず……こちらも会場内の声援に圧倒された「春の高校バレー全国大会」の写真です。次は千坂アナウンサーです。
最近笑顔になれた話 堤 勇高 2025/02/13 最近(と言っても1か月以上前ですが)、立て続けに「懐かしい味」で笑顔になる機会がありました。まず去年の年末、大学時代に足しげく通っていた油そば屋さんに行きました。確か少し前のアナ・ログに画像が登場していたと思います。大学時代は毎日通ってもいいくらい愛していた味。6年ぶりに食べると、かなりお腹が苦しくなり、時間の経過を感じました。それでも味はあのころと変わらず、美味しさと懐かしさで笑顔になりました。次に、アルバイト先の近くにあったラーメン屋さん(今回の画像はこのお店のラーメンです)。家系ラーメンのお店ですが、このお店のいわば「家系みそ味」が大好きでした。少しクリーミーな豚骨と味噌のコクがベストマッチなんです。私が近くのお店でアルバイトをしていた時、みそ味は冬限定メニューでしたが、先日久々に訪れると通年メニューに昇格していました。それを見て、やはり自分の舌は間違っていなかったのだとニヤリ。もちろん美味しさにもニッコリで大満足でした。最後はこれまた大学近くにあるラーメン屋さん。最初に紹介した油そば屋と人気を分かつ、当時二大勢力だったと言っても過言ではないお店です。こちらも家系ラーメンですが、他のお店とは一線を画す濃さや風味が魅力。頻繁に食べていた大学時代よりもさらにその特徴が感じられました。食べるのが久々だったので、一口目は少し脳と口が驚いているような感覚でしたが「この味だったなあ」と思わず笑みがこぼれました。挙げてみたらすべて麺類、しかもラーメン系でした。大学時代、いかに食べまくっていたかがうかがえます。あの頃は食べても太らなかったんですよね。次は梅島アナウンサーです。
給食の思い出 堤 勇高 2025/02/03 好きだった給食のメニューは数えきれないほどありますが……それよりも「印象に残る給食」があります。それは私の通っていた小学校において、卒業を間近に控えた6年生へ与えられた最後の贅沢……その名も「バイキング給食」です。バイキング給食はその名前の通りバイキング形式の給食で、6年生向けに普段より余裕をもった量の給食が用意され、好きなメニューを好きなだけおかわりできるというものでした。普段から「おかわり常連」だった私にとって、給食を心ゆくまでおかわりできるバイキング給食はまさに夢。小学校低学年の頃にその存在を知り、小6まであこがれ続けていました。大人になってから考えると、決まった額の中から栄養バランスなどを考慮した上で作られている給食の献立ですので、それをバイキング化するというイベントはコスト面でも栄養面でも、「作る側」の相当な工夫を要するものだったと思います。しかしそのおかげで、今でもこうして話題になるほどの給食の思い出を持つことができました。物価高騰などが叫ばれている現在も続けられているのか?それとも中止となってしまっているのか?続いていればいいなと思います。写真は先日降った雪。木の枝についた雪が芸術的でした。さて今回のお題は私がアンカーでした。次回からは新たなお題で、下山アナウンサーからスタートです。
2025年に行きたい場所 堤 勇高 2025/01/07 ふと、社会人になってから沖縄に行っていないなと思いました。もともと沖縄によく行っていたわけではありませんが、本州では味わえないような独特の雰囲気は旅に来たなという感じがして好きです。最後に行ったのは学生の頃。学生時代には学生らしい楽しみ方がありましたが、社会人になった今、その頃とは少し違う楽しみ方があるのではないかと勝手に想像しています。すぐ思いつくもので言えば学生時代には手の届かなかった食べ物を食べたり、アクティビティ関連で少し奮発したりといったところでしょうか。幼少期は水族館やテーマパークがとても楽しかった思い出ですが、今は離島でのんびり過ごすことを楽しめる歳かもしれません。問題は幼少期や学生時代には難なく乗り越えられていた暑さに体が耐えられるかどうかです。今や仙台の夏でもヒーヒー言っている始末です。写真は学生時代によく食べていた油そばです。沖縄と同じく(?)卒業以降行けていなかったお店に、先日ついに行くことができました。変わらぬ美味しさだった一方、私の胃の容量は変わっていて……次は伊藤アナウンサーです。
私の2024年 堤 勇高 2024/12/19 2024年も取材やロケなどで宮城県内様々な場所に行きました。一方で、今年は宮城以外での仕事も比較的多かった年でした。そんな県外での仕事で最も多かったのが青森県八戸市での仕事。八戸にはヴァンラーレ八戸という、J3リーグに所属するサッカーチームがあるのですが、そのホームゲームの実況を夏前からシーズン終盤にかけて、担当しました。何度か八戸に通う中で気づいたのは、魚介類が何を食べてもおいしいということです。有名なところで言うとイカやサバです。もともとしめ鯖が大好きな私ですが、八戸で食べた鯖は脂がのっているのにしつこさや臭みがない、何切れでも食べられるような鯖でした。言うなれば金華鯖に似た美味しさです。イカは近海での不漁が続いているということで、刺身で食べる機会はありませんでしたが、イカ料理の種類の多さに驚きました。お店に行くと本当に多種多様なイカ料理がメニューに書いてあり、中でもイカメンチは印象に残る美味しさでした。今まで食べたことがなかったのですが、イカのうま味を感じながらコリコリの食感も楽しめる、本当にお酒の進む一品でした。来年あたりに、仕事抜きでも、グルメ目的で行きたいと思える場所となりました。写真は宮城の魚介類をということで、先日いただいたはらこ飯です。イクラ大好き、鮭大好きの私にとって夢のコラボとも言えるこの郷土料理。1年ぶりのはらこ飯でしたが、改めて感動級の美味しさだと感じました。次は飯田アナウンサーです。
今年やり残したこと 堤 勇高 2024/12/09 「脱!ジム幽霊会員!!」働き始めてから運動習慣が限りなくゼロに近づいていた私の生活。運動しよう、健康体を維持しようということで、スポーツジムに入会したのが数年前でした。子どもの頃は「お金を払ってよくわからない機械でよくわからない運動をする場所」という認識だったスポーツジム。自分には一生縁がない場所だと思っていました。それが大人になり、ジムという場所の必要性を痛感させられています。入会後は、ペースの波こそありましたが比較的通えていたと思っています。ところが今年に入り、初夏に差し掛かるあたりの時期にパタリと行かなくなってしまっています。恐らくきっかけは仕事上の繁忙期が来たこと。そのタイミングで1か月ほどジムに行けずにいました。繁忙期を乗り越えてさあそろそろ行くかと、頭の中では思っていたのですが、なぜかそこから今日にいたるまでさぼり続けてしまっています。このままでは、私の少年時代目線で言うところの「お金を払った上で、よくわからない機械でよくわからない運動すらしない人」状態です。今年のうちに何としても再始動、再習慣化を目指します。写真は気持ちのいい秋晴れの1枚。先月3日に行われた「東北・みやぎ復興マラソン2024」の際に撮ったものです。よ~く見ると遠くにランナーの走っている様子も写っています!さて、今回のテーマ「今年やり残したこと」は私がアンカーでした。次回からは新テーマ、トップバッターは西ノ入アナウンサーです。
私の寒さ対策 堤 勇高 2024/11/18 「夏でも冬でもアイスコーヒー」がモットーの私ですが、去年あたりから冬はホットコーヒーを飲む場面が増えました。さらに言うとコーヒーに限らず温かい飲み物を飲む場面が増えました。理由は寒さです。以前は全く気にならなかった、冬場にアイスコーヒーを飲むことによる体の冷え。去年あたりからそれが気になるようになってしまいました。一方でホットコーヒーを飲むと体が中から温められるような気がして、とても心地よさを感じるようになりました。寒い日や取材で長時間外にいて体が冷えたとき、これから外に出るぞというとき、暖房の温度を上げるほどではないけれど少し部屋が寒いなというとき、厚着などのほかにホットコーヒーやホットドリンクで寒さの対策をするようになっています。美容法や健康法に詳しい方ではありませんが、そういったことに気を付けている人が「白湯を飲む」意味が何となく分かるような気がします。(本当はもっと深い意味や効果があると思いますが……)これは単純に食の好みが変わったのか、年齢とともに体の機能が落ちているのか。後者でないことを祈るばかりです。写真は鳴子峡の紅葉です。宣言通り行ってきました!10月末に行きましたが、まだ緑の割合も多めかなと感じました。次は西ノ入アナウンサーです。
人生最大の「激走」 堤 勇高 2024/10/29 昔から球技は好きでしたが陸上競技は苦手でした。短距離はサッカーのチーム内で下から5番目以内の遅さ、長距離も上位に入れる持久力や精神力を持ち合わせていませんでした。そんな私の「激走」は小学生の時です。確か3年生か4年生だったと思います。終了式の日、つまりその学年最後の投稿の日です。学級委員長を務めていて「最後に1年間お世話になった先生に1人一枚手紙を書いて送ろう」と、クラス全員に呼びかけ、集めていました。もう一人の学級委員長と協力して全員分を修了式の数日前に集め終わり、表紙など付ける作業も終え当日を迎えました。当日までの保管はもう一人の学級委員長に任せていたと思っていた私。終了式の日に「手紙ある?」と聞くと「堤君が持ってるよね?」とまさかの返答が。自分が保管している記憶はない。でも相手は「絶対に私じゃない」との主張。修了式なので今日渡すしかないという状況の中、私は半信半疑で家まで取りに帰ることを決めました。そこからは「激走」です。歩いて15分20分の距離ですが、信号待ち以外すべてをノンストップかつ最大限の速さで走りました。人間追い込まれるとここまで頑張って走れるのかと、小学生ながら考えた記憶があります。家に着くと突然の息子の帰宅に驚き顔の母。ヘロヘロで状況を説明し、一緒に家をくまなく探してもらいますが、結局手紙は見つからず。疲労と絶望の中、母に学校まで車で送ってもらいました。……手紙は結局もう一人の学級委員長が持っていました。「よく探したらあった」とのことです(笑)自分の底力を見た、小学生時代の思い出です。写真は先日取材で訪れた多賀城南門です。まだ工事中で近くまで寄ることができませんでしたが、中学時代修学旅行で電車の窓から見た平安京を彷彿とさせる佇まいでした。あとは天気が良ければ……次は高橋アナウンサーです。