アナ・ログ

東日本大震災7年

牧 広大

2018/03/09

あさってで震災から7年。
7年経って思うこと、7年経っても変わらず思うこと、様々な思いが交錯すると思います。

先日塩釜市内にある災害公営住宅に取材に行きました。
災害公営住宅に入居しても、周りに知り合いがいなかったり、その場所が見知らぬ土地であったりと入居してからも多くの不安を持つ方々も多くいらっしゃいます。
住宅のような形として一つ復興は終わっていても人の心の復興というのは年数では表せない時間がかかると感じます。
その災害公営住宅には人々が集まれる集会所があり、その日はこどもたちの学習を支援するサークルが行われているということでそちらの住宅以外にも近所からも多くの子供がたくさんきていました。
それぞれ宿題をしたり、勉強をしたり、勉強が終わった子は友達と遊んだりと、幼稚園児から小学生まで幅広い年代の子供たちが集まっていました。
こども同士が仲良くなって親同士がつながる、こどもをきっかけに新たなコミュニティができることは非常にいいことと感じました。
7年という期間を経て、完了したもの、まだ途中なもの、新たに出てきたもの。
時間が解決するという言葉もありますが、震災に関して言えば時間だけでは解決できない部分も多くあると感じます。

写真は先日ロケで山元町にあるいちごワールドに行きました。
外は風が冷たく寒かったのですがハウス内は暖かく春を感じる温度。
なによりいちごがおいしい!!
採れたては、みずみずしく、甘さもしっかりとあり、いちごのおいしさを再発見しました。

来週からは新しいお題。
トップは寺田アナです!

高橋 咲良

2018/03/08

東日本大震災が発生した時、私は高校1年生で、地元・山形県にいました。

あれから7年が経ち、縁があって、震災で大きな被害をうけたここ宮城県でアナウンサーになりました。

入社直後から「東北みやぎ復興マラソン」のミニ番組「かける」で、名取・岩沼・亘理といった津波の被害をうけた沿岸部に足を運ぶ機会が多く、少しずつではありますが、被災地の現状を見てきました。

4月にはじめて千年希望の丘に立った時、風を防ぐ建物もなく、海風がそのまま吹き付ける様子をみて、まだまだ復興の途中であると強く感じました。

「かける」の他に、東日本大震災に関わる活動として、この1年、減災絵本「リオン」の読み聞かせを行ってきました。月1回、県内の幼稚園や保育園に行き、読み聞かせを通して、地震や津波といった災害が起きたときにどう行動すればいいかということを子供たちに学んでもらっています。

普通の読み聞かせとは違い、子供たちに質問を投げかけながら読み進めているのですが、読み聞かせをしていて感じるのが災害が起きたときどう行動すればいいかということを子どもたちが本当によく理解しているということです。

家にいて地震が起きたときみんなはどうしますか?
海にいるときに地震がおきたらどうしますか?

そんな質問をすると、県内のどの地域の幼稚園でも即座に、そして次々に答えがかえってきます。

まだ3歳から5歳の小さな子供たちに、こうしてしっかりと防災の意識が根付いていることに驚き、また心強くも感じました。

この読み聞かせを通して、子供たちには災害が起きたときにどうしたらいいのかということを再確認してもらえればと思います。

宮城のアナウンサーとして、これからも、自分ができることを続けていきます。

写真は読み聞かせの時のものです。
読み聞かせにはいつもジュニくんも来てくれています(*^_^*)

続いては牧アナウンサーです。

下山 由城

2018/03/07

7年前は大学生でした。
あの時間は埼玉の実家にいて、夕方から東京の汐留でアルバイトの予定があったので、そろそろ出かけようかと準備をしていました。
強い揺れですぐにリビングのテーブル下に隠れましたが、家には自分1人しかいなかったのでとても心細く恐怖を覚えた記憶があります。
首都圏のJRや地下鉄も止まってしまっていました。地元の駅も「本日の運行の予定はありません」と。夕方にはシャッターが閉まっているという異様な光景。
汐留に向かう術はないし、連絡も取れないし、埼玉も混乱した状態でした。
実際に被害にあわれた方々とは比べられませんが、あのときに起きて自分が目にしたものは忘れてはいけないことだと感じています。

写真は以前に岩手・陸前高田へ行ったとき震災後に誕生したマスコットキャラクターの『たかたのゆめちゃん』と撮ったものです!
東北に住んでもうすぐ5年になります。まだまだ知らないことがたくさんあります。去年から宮城にいる縁にも感謝して、1つ1つ学びながら仕事をしていきたいと思っています。


お次は高橋咲良アナウンサーです!

飯田 菜奈

2018/03/06

宮城のみなさん、「春告げろーる」というお菓子はご存知ですか?

先日ロケで気仙沼に行った際、菓子舗サイトウさんで出会い、初めて食べました。気仙沼の春限定のお菓子なのですが、その素敵な名前と、美味しさに感動しました。

鮮やかな緑色のスポンジ生地で、たっぷりのホイップクリームと、苺を丸ごと一個包み込んだロールケーキ
(1カットずつ販売)

スポンジ生地には、気仙沼産の春告げ野菜“ちぢみほうれん草”のペーストが練りこまれていて、
苺も気仙沼産。
その色合いが、まさに春色!
(春告げろーるの写真を撮り忘れてしまって、お見せできずごめんなさい…。)

ふわふわで甘さ控えめのスポンジ生地と、濃厚なホイップクリームが良くマッチしていて、
程よい酸味の苺がアクセントに♪ 
一度食べたら、また食べたくなる優しい味なのです。

気仙沼に春の訪れを告げるスイーツ…という意味合いはもちろん、“復興”という春を告げるスイーツとして、復興のシンボルになるよう、震災の翌年から製造、販売されているそうなんです。

気仙沼のお菓子屋さんで、基本のレシピをもとに、それぞれのお店ならではのこだわりをもって製造しているそうで、同じ“春告げろーる”という名前でも、店舗ごとに少しずつ味わいが違うとのこと。

東日本大震災から7年。
復興への願いは、何年経っても変わりません…。

気仙沼へ行った際は、ぜひ食べてほしいロールケーキです。

先日のあらかし。
ゲストは、仙台市出身のモーニング娘。'18石田亜佑美ちゃんと、気仙沼市出身のアンジュルム佐々木莉佳子ちゃん !! 明るく楽しいスタジオでした☆

お次は下山アナです。

寺田 早輪子

2018/03/05

「語れば語るほど、気持ちを整理できるかと思ったけれど、正直、7年が経つ今も、気持ちはぐちゃぐちゃ。なぜ自分だけが助かったのか…。」

これは、被災地を訪れる人に、震災の経験を語る活動をしている男性から、先月、うかがったお話です。

男性は、2011年3月11日、襲いかかる津波から逃れ、助かりました。しかし、友人やご近所の方々が多く犠牲になり、「なぜ自分だけが」という思いを抱え続けてきたといいます。
それでも、
「災害はまた起こる。その時に備えてほしいから、迷いながらでも、伝え続けたい」、
「津波に流された故郷に、かつて『暮らし』があり、『命』があったことを伝えたいから、語り続けている」と、思いを話してくださいました。

震災で何があったのか、その時の思い、今の思いを語ることで、気持ちを整理できる方と、そうはできない方がいる。

長く時間をかけて、ゆっくりと自分の思いと向き合う方もいる。

7年という時間が経ったから、7年分、みんなが前に進めているわけではない。

「十人十色」という言葉がありますが、あの日、震災を経験した人の分だけ、それぞれの思いがあると、改めて実感しました。

私は、この7年で何人の思いに触れてこられただろうか、と考えます。
一人でも多くの思いに触れて、それぞれの7年を「聞く」ことを、これからも続けていきたいと思います。

『あの日から、今の思いを、聞かせてください。』


アナ・ログ。続いては飯田アナウンサーです。

梅島 三環子

2018/03/02

今年も、まもなく3月11日を迎えようとしています。
この日が近づくと、あの日の出来事が鮮明に思い出されます。
なかなか薄れない記憶というものもあるのだなと実感させられる時です。

写真は、先日取材で行った時の南三陸町。先月16日のものです。
行くたびに、この場所に立って町の変化を見るのですが
今年は防災対策庁舎が、かさ上げ工事により本当に見えづらくなったと感じました。
震災後に歩いた道も、どこにいったのか全くわからないほど。町の姿の変化には、行くたびにいつも驚かされます。

この1年は、「ともに」を担当したこともあり沿岸部を中心に取材できたように思います。
町それぞれに、復旧のスピードは違っていて、復興の形も違っています。
「ほかの町と比べてこの町の復興スピードは?」と聞かれることもありますが、何とも答えることが難しいというのが正直なところです。

それぞれのスピードで、その地域にとって、よりよい復興を遂げられるのが一番ではないでしょうか。
もう7年、まだ7年…。
それぞれの思いを感じながら、この1年も取材に出ようと思います。

次は、寺田さんです。

金澤 聡

2018/03/01

3月11日で7年が経ちます。
2011年生まれの次男が小学校入学を迎えます。
毎年この日は、命の尊さを感じます。


今年3月10日に、ユアテックスタジアム仙台でJリーグの試合が行われます。
震災から7年のベガルタ仙台と、阪神淡路大震災から23年が経ったヴィッセル神戸の試合。

ともに災禍に見舞われたチームの試合。

スポーツは、心を豊かにする精神的な活動でもあり、人間の生活を潤す、『文化』です。そういう意味においては、地域に根差したスポーツチームは、文化的な存在であると同時に、心の活性化に必要な存在です。

“がんばろう、神戸”を掲げ、復興に長きにわたって寄り添ってきたヴィッセル神戸。
“復興の希望の光”として被災地に勇気を与え続ける使命を持つベガルタ仙台。

特別な日に行われる両者の戦いは、特別な想いと特別なパフォーマンスで、サッカーの素晴らしさ、スポーツの素晴らしさ、そして、明日への復興の勇気を見せてくれるでしょう。
それこそが、サッカーの文化的な存在であり、精神的な復興の一助となります。

震災によって愛するチームを応援し続けることができなくなってしまった方々に、ひたむきに勝利を追うその姿を見せることが、祈りを捧げることになるでしょう。

スポーツが復興につながることを信じて、7年目の3月11日に哀悼の思いを捧げたいと思います。

次は、梅島アナウンサーです。

稲垣 龍太郎

2018/02/28

入社直前の研修中に、東日本大震災を経験した私。
まもなく、仙台放送でのアナウンサー人生も7年です。

ところが、この度、3月1日付けで、報道部に異動することになりました。
思い出深い「めちゃイケ」が番組終了に向けて“終活”するのと同時に、私も仙台放送でのアナウンサーとしての終活を進めることになりました。

思い返せば、入社1年目で起用していただいた「27時間テレビ」。入社5年目に担当した「みんなのふるさと」中継。
セリ田んぼに浸かりながらセリ鍋を食べ…
シロウオの踊り食いにチャレンジ…
キュウリと釣竿でカッパ捕獲に挑戦…。

王道ではなく茨道、記録よりも記憶、無難より笑い…。
決して優等生とは言えないアナウンサー人生でしたが、周囲の皆様のおかげで、全国の舞台で、こんなにも多くの個性的な挑戦をすることができました。
「私らしさを出しながら伝える場所」を頂きました。
感謝の言葉しかありません。

私も「7年」という時間の中で、多くのことを学びました…。
癒えぬ悲しみ、焦る気持ち、忘れられない記憶…
それぞれの7年の中で、皆さんにも、さまざまな感情があるかと思いますが、着実に、少しでも、前に進んでいることは間違いありません。
時間はかかるかもしれませんが、皆さまにとって、明るい未来が訪れることを願って…。
私も新天地で頑張ります!

「朝のニュース見ているよ!」「昔、27時間テレビ見た!」「アナログ、笑える!」
宮城の皆様には、取材先やプライベートで、本当に温かい言葉をかけていただきました。
7年間、可愛がってくださり、本当にありがとうございました。

また本日20時54分からの定時ニュースで、アナウンサーとして、最後のOAを担当します。
もし宜しければ最後に、皆様のお茶の間でのひと時にお邪魔させてください。
それではまた、どこかでお会いしましょう!
お元気で!

佐藤 拓雄

2018/02/27

7年前の震災直後、被災地を取材しているときに偶然出会った僧侶の方から、
「一隅(いちぐう)を照らす」
という言葉をいただきました。
天台宗の開祖・最澄の言葉で、一人一人が自分の持ち場をしっかり果たすことで社会がよくなる、という意味だそうです。

あまりにも大きすぎる震災の被害を前に、無力感を覚えることも少なくない中で、この言葉は、非常に自分の心に響きました。
私のできることは小さくても、私のすべきことははっきりしています。
そのすべきことをしていくことが、必ず復興につながっていくと思うことができ、改めて、震災後のこの宮城で、地元のテレビ局の人間としての自分の使命を果たすことこそが重要なのだと確信できたような気がしたのです。

それ以来、この言葉は、私の座右の銘になっています。
震災に限らず、あらゆる場面で、自分の「持ち場」は何か、ということを考えるようになりました。

先日、大雪のあと、通勤路を歩いていて、またこの言葉を思い出しました。
歩道の雪が、きれいに片づけられているところと、反対に雪かきを全くせず凍って非常に危険なところ。
その歩道に面した建物の人が雪かきをしたかしないか、ということですが、ああ、これが「一隅を照らす」だなぁと。
それぞれが持ち場の雪かきをすれば、どこも凍らないだろうに、と妙に納得してしまいました。本来の言葉の意味とは違うのかもしれませんが。

それはともかく、この7年で、私の「持ち場」も少しずつ変化してきていますが、復興の道のりの中で、その「持ち場」をしっかり見極め、役割を果たしていきたい、という思いが変わることはありません。

【写真】仙台市の震災遺構、荒浜小学校です。津波の被害を受けた校舎には、津波・震災というものを一瞬で直感させられます。

明日は、稲垣アナウンサーです。