アナ・ログ

2017年振り返って

佐藤 拓雄

2017/12/23

社屋前にも氷。冬ですね。

さて、私は、無類のドラマ好き=「ドラマニア」という自負があります。
実は、アナウンサーより、ドラマの演出の仕事をしたかったくらいです。

そんなわけで、何年か前に、このアナ・ログで、ドラマで一年を振り返ったことがありました。
今年もやってみようかと思ったのですが、今年は見たドラマが非常に少ない一年でした。
「完食した」ドラマといえば「コード・ブルー」くらいで、なんとも情けない。

若い頃は、どんなに忙しくても、文字通り寝る時間を削ってドラマを見ていたものですが、今はドラマより睡眠時間優先に。
見たいものがない、というのではなく、見たいけど眠い。
見たいけど、仕事上見なくてはいけないものが優先する。
見たいけど、それより読みたい本がある。
見たいけど、リビングに家族がいて集中できない。
見たいけど、家族にテレビを取られている。特に小2の次男が、アニメや特撮でテレビを独占している。
ようやくドラマをつけられた時に限って、予備校生の長男が家にいて、音がうるさいとか言ってくる。
先日などは、妻が「ちょっとこれ見て見て」と録画を早送りして出してきたので、見てみると、後で見たいなあと思っていたドラマの一場面。「ね!笑えるでしょ!」と妻は言いますが、笑えないよ!!!
・・・あーあ。もうこれではドラマどころではありません。
しかし、いかんいかん!
こんなことでは「ドラマニア」を名乗れません。
というより、テレビマンとして、これではいけません。
来年は改善せねば。

さて、今年家族で最もドラマを見ていたのは、お気楽高2の長女でしょう。
ほとんどのドラマを自分専用のポータブルテレビ付HDDで見ていたようです。
何が一番良かったか聞いてみました。
迷いなく、「コード・ブルー」だそうです。
でも理由は、山Pというより、医療モノが好きだから。かと言って、「ドクターX」は「年齢層高め」だから見ないそうです。
私に似て?マニアックなところもある長女は、「さくらの親子丼」も好きだったと言ってました。渋いね。

そして、さりげなくかなりドラマを見ていた妻。
今年のベストは「ひよっこ」だとのことです。
私は、朝ドラは基本的に「ドラマ」とは認めていませんが。

明日は、金澤アナウンサーの2017年です。

贈りもの

佐藤 拓雄

2017/12/13

先月末、秋田へ出張に出かけたら、雪の影響で新幹線「こまち」が止まってしまいました。【写真】
田沢湖駅で45分ほどの足止めですので、たいしたことはなかったのですが、仙台の積雪はもっとずっと先のことでしょうから、11月でこんなに積もるのかと驚き、東北は広いなあと変に納得してしまいました。

さて、先日、大きな魚を釣った夢を見ました。
「新巻鮭」くらいのサイズです。種類は分かりません。
夢の中の私は、大物を釣って浮き足立ち、写真を何枚も撮っていました。
そうこうしているうちに魚は瀕死の状態に。
夢の中の私は、その弱った魚を海にリリースしようと考えていました。
なんと理不尽で残酷な、と目が覚めて思いました。
だけど、じゃあ、食べれば残酷じゃないのか?
うーむ。

幼い頃、肉を食べられなくなったことがあります。
牛や豚を殺して肉を食べることが、あまりにもかわいそうだと思ってしまったのです。
突然そんなことを言い出した私のことを、母が幼稚園の園長先生に相談したそうです。
カトリックの幼稚園の園長先生は「神様が食べるために与えてくださったんですよ」と私に言いました。
つまり「神様からの贈りもの」だということです。
当時の私はそれで納得し、それまで通りに肉を食べるようになりました。

が、やはり、そんなエピソードを持ってしても、理不尽極まりない、という思いが頭の中にはあります。
「進撃の巨人」で、巨人が人間をバリバリと食べるシーンは衝撃的でした。
それと同じことではないか、とどこかで思ってしまう自分がいます。

だからと言って肉を食べられなくなることはなく、むしろ大好物なのですから、身勝手なものです。
しかし、それでも、「神様からの贈りもの」とまで割りきれない自分もいたりします。

肉にしても、魚にしても、「命をいただく」という、理不尽極まりないことをし、それで自分の命をつないでいる、そういうことは頭の片隅に置いておきたいと思った、冬の朝の目覚めでした。

続いては、牧アナウンサーです。

冬支度

佐藤 拓雄

2017/11/29

「1129」いい肉の日ですね。
冬支度とは何の関係もありません。言いたかっただけです。

さて、今月20日、泉ヶ岳が初冠雪。
仙台放送からもよく見えました。
なんだかこの日は、肉眼だと泉ヶ岳がやけに近く見えた気がしたのですが、写真に撮るとそのスケール感が出ないなあ・・・
ともかく、山も冬支度ですね。

話は変わって、私は人生のうちで一度も灯油を買ったことがありません。
実家を出てからだけでなく、実家での子ども時代に、親が灯油を買ったこともないのです。灯油を使う暖房器具を持っていない、ということでもあります。
我ながらなぜこうなったのか。こだわりは何もありません。

実家は東京でした。
仙台と比べれば冬でも寒くありませんし、私の両親は、暖房をガンガンというタイプでなく、室温はだいたい低め、ということもあって、暖房器具は、こたつと赤外線ヒーターくらいしかありませんでした。エアコンもありませんでした。
それで凍えるような思いをした記憶もないのですから、しのげていたんでしょうね。
「慣れ」というか「免疫」というか、そういうことでしょうか。

一方、仙台での暮らしは30年近くになりますが、学生時代のアパートではこたつとエアコン、就職して入った社宅やアパートでも、それにオイルヒーターが加わったくらいでなんとかなってしまいました。子ども時代から使ったことがないから、灯油の暖房器具を使うという発想もあまりないのです。
今の家はマンションですが、オール電化で、火災予防のため灯油持ち込み禁止。

どうやら私の人生は灯油とは接点がないままになりそうです。

そんなわけで、私の冬支度に「灯油」の文字はない、という、それだけのお話でした。

明日は梅島さんの冬支度です。

感謝してます

佐藤 拓雄

2017/11/21

最近「ドラえもん物語」という漫画を読みました。
小2の次男に買ったものですが、読みたかったのはむしろ私自身。
「ドラえもん」の著者、藤子・F・不二雄さんのことを、最後のアシスタントとなった、漫画家の、むぎわらしんたろうさんが描いたものです。

この「アナ・ログ」にも何度か書いていますが、小学生のころからの私の頭の中の半分以上を作ってくれたのは、間違いなく「ドラえもん」をはじめとする、藤子・F・不二雄さんの世界です。
1996年、藤子さんが急逝されたとの報には、本当に心にぽっかり穴が開くほどのショックを受けました。
亡くなって21年が経ちますが、今でも読み返すその作品群は、私の中で永遠に色あせることはないと断言できます。

話は戻って「ドラえもん物語」。
著者のむぎわらさんは、私と同い年で、私と同じように、いや違いますね、私以上に、藤子さんの作品群に大きな影響を受けて漫画を描き始め、憧れの藤子さんのアシスタントになりました。そんなむぎわらさんにも、私は強い憧れと尊敬の念を抱きます。同時に、むぎわらさんが、藤子さんに憧れる同世代の代表であるような思いも持ちました。
「ドラえもん物語」全編にわたって溢れるのは、むぎわらさんの「ドラえもん愛」「藤子・F・不二雄愛」、そして、藤子さんへの感謝の思い。その思いに、私も強く共感します。
作品の最後、むぎわらさんは、藤子さんに「先生、本当にありがとうございました」と綴ります。
もちろん、私とは感謝の質が違うことは承知の上で、私も心からそう言いたい。本当に感謝しています。
藤子さんへの感謝の思いを新たにし、目頭と胸が熱くなった、ある秋の午後でした。

そして、私のデスクには、今もドラえもんがいます。

明日は、下山アナウンサーです。

今年のうちに・・・

佐藤 拓雄

2017/11/02

Bリーグ初年度の昨シーズン、仙台89ERSの実況を担当したこともあって、今年の89ERSが非常に気になっています。

昨シーズンは、序盤こそ好調なスタートに見えた89ERSでしたが、B1の壁は厚く、全18チーム中最下位という屈辱的な成績で、B2に降格しました。

「1年でB1に戻る」というのが、チームの絶対的なテーマ。
開幕3連敗からのスタート、現時点で地区4位と非常に厳しい序盤戦になってしまいましたが、B1に戻るために必要なのは、とにもかくにも勝ち星。
B1復帰の最大のライバルと目され、開幕11連勝と見事なスタートダッシュを切った秋田のように、1にも2にも勝ち星。圧倒的な勝利数で這い上がるしかないのです。

旧bjリーグ創設時からの歴史と熱心なファンを持つ、89ERS。
B2で苦戦しているようでは、チームの名折れです。

89ERSよ、なにがなんでも、今年(今シーズン)のうちに、B1に復帰してくれ!
と願いつつ、結果に一喜一憂しています。

今週の日曜日(5日)仙台放送で、B2リーグ戦・仙台×広島を生中継します。
解説は、仙台出身の元日本代表選手・阿部理さん、実況下山アナウンサー、ベンチリポート牧アナウンサーです。
B1復帰へ、とにかく勝つ!勝つ!勝つ!
GO!GO!89ERS!です。

【写真】は、去年9月25日、B1開幕第2戦で、千葉ジェッツに勝利、Bリーグ初白星を挙げたとき。思えばこの時は、これならさすがにB2降格はないかな、地区上位も窺えるかも?と楽観的でした…

次回は、バスケット実況の翌日、下山アナウンサーです。

憧れの人

佐藤 拓雄

2017/10/17

本日から新テーマ、「憧れの人」。
稲垣アナウンサーの発案ですが、私にとってはなかなか難しいお題です・・・

さて、先日のある朝、高校生の娘を車で送っていたら、出勤中と思われるスーツ姿の男性が歩いていました。
この人が、手ぶら。かばんも何も、荷物を持たずに、でもどう見ても出勤途中です。

これぞ私の憧れ!
「手ぶらサラリーマン」です。
言い換えて、「出勤ミニマリスト」とでも呼びたくなるような、無駄のなさ。

私自身は、そうなりたい、と思うようになって一体何年経つでしょうか。
最低限の持ち物、と考えながら、何度も出勤時の荷物のリストラを図っていますが、「手ぶら」の域にはどうしてもたどり着けません。
どうやったら手ぶら出勤ができるのか、当のご本人たちに聞いてみたいくらいです。

一度私も思い切って、ポケットに財布と携帯電話くらいで出勤してみようかな、と思ったりしますが、家を出る前から、何とも言えない不安な気持ちになってしまいそうです。
結局、臆病な小市民にとって、「手ぶらサラリーマン」は、生涯「憧れ」だけで終わるのかもしれません。

そうそう、娘に「手ぶらサラリーマン」への憧れを話していたら、「でもカバンくらい持てよ、って思うけど」とバッサリやられてしまいました。

【写真】先日出張で会議の合間に見えた景色。秋晴れの下「THIS IS お台場」という景色が広がっていました。
出張時の荷物も、なかなかうまく減らせませんね・・・

明日は、金澤アナウンサーです。

秋の訪れ

佐藤 拓雄

2017/10/10

通勤路、足元注意の季節がやってきました。
9月中旬、銀杏が路上に。【写真】
でも、例年こんなに早かったっけ?と少々面喰いました。
今年は夏らしい夏もなく、秋の訪れも早い気がします。
気のせいでしょうか。

さて、秋と言えば、収穫の秋。
収穫の秋と言えば、新米、という方も多いはず。

・・・ですが、私は、コメの味の違いがどうもよく分かりません。

宮城県民なのにと怒られそうですが、ひとめぼれなのか、ササニシキなのか、コシヒカリなのか、違いがわからないのです。
さらに恥を忍んで言えば、新米と去年産米の違いもわかりません。
コーヒーの違いは分かるのに。ダバダー♪
コメに関して分かるのは、焚き方の違いだけ。
炊き方の好みははっきりしています。硬めが好き。柔らかいごはんはあまり好きではありません。

この時期になると、
コメの違いが分かる妻に「今日から新米ですよ!」と言われ、
「そうだったの?」
「やっぱりわからないんだ・・・」
とがっかりされる、これが我が家における秋の訪れの一つです(苦笑)

明日は稲垣アナウンサーの秋の訪れです。

マラソン

佐藤 拓雄

2017/10/02

「東北・みやぎ復興マラソン2017」
昨日無事終了しました。
1万5千人のランナーの皆様と、大会にご協力くださったすべての皆様、本当にお疲れ様でした。そして、心から御礼申し上げます。


さて、私が小学4年生の頃だったと記憶していますが、学校で「京王線を走ろう」という企画がありました。
私の通っていた小学校は、東京の私鉄・京王線の沿線です。その京王線を、最寄駅から終点の新宿まで走ろう、というもの。
と言っても、線路や線路沿いを走るわけではなく、その分の距離を走ろうということです。
新宿までの路線図が配られ、ひとマスが校庭1周、電車の実際の距離分のマスが設定されています。
毎日休み時間にこつこつ校庭を走り、1周走るごとに一つマスを塗って、ゴールの新宿を目指します。
どうってことはない、と思った子どももいたのかもしれませんが、私はこの企画にハマりました。とにかくワクワクしたのです。
朝、学校に着いて、まずひと走り。休み時間もドッジボールそっちのけでマラソン。
毎日毎日路線図のマスを塗ることに燃え、終点新宿、折り返して一往復、さらに2巡目、という具合で、どのくらいやったでしょうか。
「オレ、今、調布」「オレは明大前」と、友達とも競い合いました。
小学校で一番ハマった企画だったかもしれません。

身近な京王線を自分の足で走破という高揚感に加え、タイムを競わないので、自分のペースで走れるから全く苦しくない、というのもあったかもしれませんが、とにかく楽しかった。
どの先生が考えたのか、子どもを自発的に走らせるにはもってこいのグッドアイデア、本当によくできた企画だったと思います。
「楽しいこと」。これが子どもの「やる気スイッチ」を押す一番の力なんでしょうね。

【写真】は、先日出張で訪れたJR佐世保駅。「JR 日本最西端の駅」だそうですが、ここまで「走る」には校庭を何周すればいいのだろう、なんて、京王線を「走った」当時を思い出して考えてしまいました(笑)

このテーマは今回で全員が書きました。
明日からは新テーマ。飯田アナウンサーからです。

おじいさん、おばあさんとの思い出

佐藤 拓雄

2017/09/15

今日は9月15日。以前はこの日が敬老の日でしたよね。

さて、過去にも何度か似たようなお題があったので、なるべくカブらないようにと思って、以前のものを読み返してみました。

以前に書いたのは、私の長男にとっての「おじいちゃん」(つまり私の父)の話、父方・母方それぞれの祖父の話を少し、母方の祖母に作ってもらったいろんな形の小さなおにぎりの話、という内容でした。

とすると、残るは、父方の祖母の話かな。

祖母の話でよく聞いたのは、弟が生まれる頃のこと。当時私は1歳半くらいでした。
そういう私がいたため、祖母が福島の郡山から手伝いに来てくれていたそうです。
その祖母と毎日のように散歩や買い物に行き、会う人会う人に、「あらー、おばあちゃんそっくりねー」と言われたといいます。
自分としては、祖母に顔が似ていると思ったことは一度もないのですが、先日、私の長女の1歳頃の写真をたまたま見て、祖母にそっくり!と思いました。長女の顔は私に似ているところもありますので、祖母≒長女≒私、∴祖母≒私、ということになるのでしょうか。
当時の私は、祖母と買い物に出かけるたび、中華まんのあんまんを一つ買ってもらい、一人で平らげていたそうです。1歳半からあんこ好き。これは環境ではなく、きっと生まれ持った性質です。
ということで、写真は、最近いただいた、有名老舗の最中。美味しゅうございました。
・・・話がそれましたが、残念ながら、このへんの祖母との話は、すべて後から聞かされたもの。物心がつく前のことです。

祖母との時間でよく思い出すのは、二人でうな重を食べたこと。大学時代、祖父が入院したので、仙台から郡山の病院へ一人でお見舞いに行った時のことです。物心がついてから、祖母と二人で食事をしたことは多分初めてで、しかもこちらは大人と子どもの間くらいの中途半端な年齢でしたので、何を話していいのか戸惑った覚えもありますが、二人で「おいしいね」と笑い合いながら食事をしました。
今でも、うな重を食べると、この時のことを思い出します。

続いては、寺田アナウンサーです。

休日の私

佐藤 拓雄

2017/09/06

この「アナ・ログ」にも何回か書いていますが、我が家では、私が料理するのは、たいてい我が家のピンチの時です。
妻が風邪で寝込んだ、というようなときですね。
それと、ピンチではなくても、妻がお出かけの時も、時々やりますが、まあそんな程度です。

そもそも私は料理が趣味でもないし、普段は妻がやってくれるので、やる必要がないのです。
かと言って、全く料理ができないということもありません。
次男が生まれたとき、2ヶ月ばかり、ささやかな「育休」を取り、その時は家事一切を引き受け、当然家族の三食を用意しました。

ただ、それ以降は、やれないわけではないが、やる必要がないのでやらない、というのが日常なので、緊急時のみ台所に立つのが基本になってしまっています。

こんなことを書くと、妻に「だったら毎日やってくれてもいいけど」と言われてしまいそうですが・・・

そんな私ですが、緊急時でもないのによく作るものがあります。
チャーハンです。

どういうわけか、私の作るチャーハンを次男が喜んでくれて、時々リクエストまでしてくれます。

一口食べると、満面の笑みで、「おいしー(C)!を通り越して・・・おいディー(D)!!!」と「スカッとジャパン」の「食いしん坊母ちゃん」こと斎藤こず恵状態。すぐさま食べ終えて、「おかわり!」。大人の2杯分をあっという間に平らげてくれます。
ここまで喜んでもらえると、うれしい、を通り越して・・・うれディーですね。

休日の度に、とは言いませんが、そんな次男の笑顔が見たくて、せっせと「おいディー」チャーハンを作る休日の私です。

【写真】先月の夏休みに某所で見かけた自信満々の看板。しかし、「おいディー」ではないようです(笑)

このテーマは今日でおしまいです。
次なるお題は、明日のお楽しみで。

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