佐藤 拓雄
2011/10/18
先日、取材で出会った被災地の方が、こんなことを話してくださいました。
「津波で自宅を失い、避難所にいたとき、山形の人が炊き出しに来て、芋煮を作ってくれた。体が温まっただけでなく、山形出身の自分にとっては懐かしい味で、本当にありがたかった。」
ギリギリの状況の中で、心も温めてくれた、芋煮。「故郷の味」というのは、そういうものなのでしょうね。
芋煮といえば、去年のちょうど今頃、長男の所属していた少年野球クラブで、芋煮会がありました。
部員だけでなく、それぞれの家族も参加してのにぎやかな芋煮会。当時1歳3ヶ月の次男も、「初・芋煮会」で、写真のように、空になった大鍋に頭から突っ込んだり大はしゃぎ。楽しいひと時を過ごしました。
ところで、この芋煮会。宮城県で暮らすようになった当時は、とてもカルチャーショックを受けました。
大学入学直後にもらった学生新聞か何かに、一年の行事みたいなコーナーがあり、そこに「秋と言えば、芋煮会」と当たり前のように書かれていたのですが、それまで関東で暮らしてきた私にとっては、生まれて20年で、初めて聞く言葉だったのです。
芋を煮る?どういうことだろう?芋を煮てどうするんだろう?何か、お供えでもするのだろうか?お祭りか何かの一種だろうか?
どうにもよく分かりません。
「芋煮会」=「河原などで豚汁を食べ、酒を飲み、時にはバーべキューもして楽しく過ごす会」だとは、全く想像できませんでした。
それから二十数年、もはや「芋煮会」に何の違和感もなく、当たり前の文化?習慣?として、私の中に定着しましたが、仙台生まれの妻や子どもたちには、もちろん、当たり前の行事であるだけでなく、故郷の味の一つなんだろうな、とも思います。とすると、私と彼らでは、感じる芋煮の味がきっと違うのでしょうね。
続いては、広瀬アナウンサーです。