佐藤 拓雄
2018/07/24
【写真】仙台で7月の観測史上最高の36.7℃を観測した7月22日の夕方。見事な夕焼け空が広がっていました。
さて、私は、子ども時代を、多摩ニュータウンなど郊外の大規模開発団地で過ごしてきました。
そんなわけで、「ふるさとの祭り」的なものは身近ではなく、「祭りの思い出」といっても、ぱっと思い出せるようなものがありません。
何かあったかなあ、と考えて思い出したのが、大学祭。
所属していたサークルでは、1年生が何か屋台をやる、というのが通例になっていて、私たちがやることにしたのは、焼き鳥とクレープでした。
なぜ、そんな組み合わせになったのか、さっぱり分かりませんが、とにかく、そういう屋台をやりました。
私は焼き鳥をひたすら焼く係。
2日間で何本焼いたのか分かりませんが、結構売れたので、一日中、煙まみれ油まみれで焼き続けた記憶があります。
終わった頃には、全身が燻されたような状態。
当時、風呂なしのアパートに住んでいたため、銭湯に直行しました。
この時のことで、もう2つほど、強い思い出があります。
一つは、クレープ班が、カセットコンロでクレープを焼いたところ、風で火力が強まらず、全く焼けない。
困った挙句、大学の近くに住んでいた部員の家で焼いて、それを次々に運ぶ、というかなりの強硬手段に出て、なんとか成立しました。
もう一つは、事前準備の時。
前年も焼き鳥をやったというので、先輩たちに、どこで仕入れや機材を準備したのか聞いていると、「タレは、車で新潟県まで取りに行ったんだ。大変だった」と言う先輩が。
新潟県?なんで???と頭の中がクエスチョンマークだらけになりましたが、それは、私の仙台生活が短かったためと、後に分かりました。
この話、以前もここに書いたと思うのですが、勘のいい宮城県民ならばお分かりですね。
そうです。
「新潟県」ではなく「苦竹」。
「ニイガタケン」ではなく「ニガタケ」。
仙台市の「苦竹(にがたけ)」にタレを取りに行った、というお話でした。
明日は高橋アナウンサーです。山形のお話でしょうか?